2025.6.9 令和7年度定時総会 記念講演会
1.開催日時
2025年6月9日(月) 16時20分~17時30分
2.開催場所
ホテルアークリッシュ豊橋 5F ザ・グレイス
3.講師
国立大学法人豊橋技術科学大学 学長 若原 昭浩氏
4.演題
『半導体開発の歴史から見る東三河の産業界との連携について
~実は裾野の広い半導体技術~』
5.参加者
119名(オンライン参加8名含む)
講演要旨
豊橋技術科学大学の基本理念は、「技術を究め、技術を創る」であり、実践に重点を置き技術を科学することで理論を高度化する、あるいは高度化した理論を応用するということを念頭において教育と研究をすることを謳っている。高校や高専で学んだ知識を基に早くから専門と応用を学び、さらに向上させ、確かな理論と実践的な技術力を体得できる大学である。教員の中に企業出身者が3割おり、ものづくりを意識した系統的体験的学習と、早期からの長期に渡るものづくり専門教育により、産業界で「即戦力」となることができると学生に伝えている。
「技術科学は、工業生産の実践(技術)から研究対象を抽出・科学し、その研究成果を工業生産上の問題解決に普遍的に応用する学問である。」これは長岡技術科学大学初代学長の川上正光先生の言葉である。現場の実戦経験を重視し、理論から技術を生み出すのではなく、技術を科学的に研究することで、より高度な問題解決に資する成果(=理論)を得るものであり、得られた成果を実際の問題解決に応用するものである。
本学の学生の特徴として、出身地は中部地域が多いが、北海道、東北、関東、中部、近畿、中国・四国、九州・沖縄と全国から集まっている。愛知県内の大学としては珍しく、全国から学生を集めて県内に就職者を輩出している。 留学生は、10%程度であり、 比率としては東南アジアが多い。残念ながら、学生における女性の比率が14%であり、改善の余地があるというのが本学の現状である。愛知県で約7万人不足していると言われているが、その人材を本学で創造するために、国から基金をいただいて、事業期間内に約350名の半導体関係の人材、約1,000名の実践的な高度情報専門人材を育成する事業を実施している。
半導体の歴史として、第2次世界大戦終戦から2年後の1947年、Shockley、Bardeen、Brattainの3人がトランジスタを発明した。その後、1958年にJack Kilbyが世界初と言われているICを製作し、また、Robert Noyceが、今のICと全く同じ構造のものを作った。1971年には世界初のマイコンとしてインテルの4004が作られ、2000年に発表されたインテルのPentium 4で一つのチップ内に中央演算回路を一つ搭載するシングルコアが動作速度の限界を迎えた。その後は複数のコアを集積する方向に舵が切られ、2005年に9コア、2012年には2880コア、AI用チップの開発の進展により2019年には40万コアへと急速にコア数が増加している。40万コアの事例はAI分析用に特化したもので、直径300ミリのシリコンウエハ全体で一つのチップを実現する。ただし半導体の世界は歩留まりの限界が有るため、試作したチップが全て動作するとは限らず、コスト決定要因となる。
半導体集積回路の製造工程を説明する。最初にシリコンウエハを作るが、現在の主流は300ミリであり、本学が使っているのは100ミリのウエハである。厚さが1ミリぐらいで非常に薄く、アナログのレコード盤のイメージである。シリコンウエハ製造工程は、引き上げ法により単結晶シリコンを製造するもので、日本のシェアが高く信越半導体やSUMCOが主なメーカーである。その上に素子を作り、配線を作って半導体チップを作り込み、ウエハの特性を検査するまでが前工程と呼ばれており、半導体の基本的な構造を作る工程であり、微細化技術開発が肝要である。製造メーカーとしてTSMC、SONYやKioxia等がある。後工程は、シリコンウエハからチップを切り出してパッケージに入れて配線をし、最終的に検査をするものであり、近年重要度が増している。また最近は、チップが複雑化しているために、前工程だけで作れなくなってきており、中工程としてひとつのチップの上に別の回路を貼りつけるといったものも出始めている。
ウエハ表面のゴミや汚れは大敵であり、各工程に必ず洗浄工程が入っていて、洗浄後表面を酸化膜で覆って汚れがつかないように一旦保護する。そこに膜をつけて必要な内部を除去するためのパターンを転写して、不要な分を除去する、必要なところに不純物を入れ、平坦化薄膜をつけて削って平らにするといった工程を20工程ぐらい繰り返しICが完成する。半導体の工程自体は非常にシンプルであるが、その分非常に精度良く高い再現性を実現することが求められる。
半導体業界は浮き沈みがあるが、全般的に右肩上がりで成長している。経済産業省の資料によると、半導体が関連する製品の市場規模(自動車関係含まず)は330兆円弱であり、自動車産業の市場規模の333兆円に匹敵する。自動車の中にも多くの半導体が使われており、半導体がないと自動車も作れないという事態になっている。GPSセンサ、EVやハイブリッド、その他バッテリーの充放電の状態をモニターするセンサ、自動運転のライダー、セキュリティシステム、エンジン制御のセンサ、タイヤの状態をモニターするセンサなど自動車は半導体の塊になっている。
半導体の製造体制はここ20年で大きく変化した。かつての半導体メーカーは垂直統合型であり、設計から前工程も後工程まで全部1社で行っていた。Intel、Micron、SAMSONなど数社でしかない。QualcommやNVIDIAは半導体製造施設を持たない設計に特化したファブレス企業で、製造をTSMC等のファウンダリ企業に委託している。製造を受託したファウンダリ企業の売上高は、委託元のファブレス企業に計上される。現在は、半導体のトップ30の会社に、日本はKIOXIAの1社しかないという状況にあり、半導体の日本のシェアが下がって2030年にはゼロに近くなるとの予測が示されているが、実は2021年末の世界の半導体生産能力の中で日本は15%シェアがあり、北米よりも高く、韓国、台湾に続いて3位である。日本の企業が半導体製造部門を海外企業に売却した事により、国内の製造拠点で作られた半導体製品が日本から出荷されているにもかかわらず、海外企業の売上額として算入されてしまうため、日本の半導体出荷額に計上されない。
半導体に関わる産業は、宇宙産業に匹敵するほど裾野が広い。製造装置関連の分野では、日本は世界のトップメーカーとして多くの会社が参画しており、浮き沈みの激しい半導体サイクルに対応して生き残っている。三河地域の企業は高度な技術を持っており、加工の精度も非常に高く、いろいろな材料を扱えることが非常に強みになる。
本学では1976年の開学後、1979年には集積回路実験室が完成してnpnバイポーラトランジスタの試作に成功している。その2年後には集積回路技術講習会がスタートし、これまで43回開催している。研究施設の拡張、4インチへの対応、電子ビーム露光装置の導入、8インチ対応装置の導入などを経て、現在は集積回路技術を基盤として、センシングや光情報デバイスなど半導体革新技術の研究と先端的応用分野との融合研究を発展させることを目的とした次世代半導体・センサ科学研究所(IRES²)に改組して先端的応用分野とのつながりを強化している。日本の大学の多くは、TSMCのようなファウンダリ企業に製造を委託しているため、設計面で制約を受け、また、試作後の評価しかできない。 本学では回路の設計、ウエハの試作や工程の開発、実装に至る全てを自己完結できる。新規材料や構造を集積回路と自由自在に組み合わせて、新たな価値の創造に繋げられる。基本的にはクリーンルーム、装置、設備は共同運用として研究室・学科・教員間の壁を取り払い、若手研究者の研究環境構築の負担を軽減して、アイデアの具現化に集中できる運営体制をとっている。また、異なる研究室の配属生が混住して情報共有できる実習(プロセス講習会)や合同で実施する輪講を推進し、短期的な成果よりも長期的な教育効果が得られる体制を取っている。加えて人材育成として、各装置に精通した学生を管理者として配置して異なる研究室の学生との連携を強化することにより、アイデア交換による活性化を狙っている。学生が主体でライセンスの段階が上がっていく仕組みになっており、最上位の管理者クラスの学生が初心者を指導する経験を通じて、本人の理解度も深まっていく。また、社会人向けの講習会においても学生が指導役となり、学びの理解度の確認や成功体験の構築により、さらに深い理解が醸成されるとともに、社会人と話をして刺激を受けるといった効果も高い。こうしたところが本学の一番の特徴になっている。また、開学以来続く「nMOS集積回路」を自ら作り上げる社会人実践教育では、2024年までに182社579名が参加している。
令和7年度、開かれた半導体センサ研究、高度半導体人材育成の産学競争拠点として経済産業省のプロジェクトにも採択され、延べ床面積2,000㎡のLSI棟が完成した。。ここではSi集積回路(LSI)や半導体センサを、設計からプロセス、実装、評価まで一気通貫に作成が可能であり、企業がPoC(実証実験)から製品出荷(初期)までをシームレスに行える開発環境を提供している。一番のポイントとしては、皆さんの携帯電話に入っているアナログ製品レベルまでの半導体は8インチの技術を使って作っており、この技術のレベルまで大学の研究施設で対応を可能とする点である。ファブレスのスタートアップ等が製品開発をする場合、本学ではサンプル出荷できるところまで認めているため、サンプル出荷でマーケットの反応を見て、いけそうと判断されれば、資金を調達して本格的な工場で量産に繋げていける。その他にオープンラボ棟(共創活動棟)も竣工となるが、こちらは企業向け個室研究室12部屋と共創スペースを設置しており、LSI棟と連動して、アイデア創出から技術相談、実装までを可能とする共創環境を提供して、この地域の産学官金のネットワークを全て結集して皆さんに使っていただけるように整備している。
新しい競争拠点を活用して、産学連携をレベル3に高めたいと考えている。産学連携のレベル1は共同研究、レベル2は実証試験、レベル3は実践の場であるとともに、ヒト・モノ融通による価値拡大と人材育成のネットワーク強化であり、このネットワークを通じて世の中に普及させることをレベル3と定義した。国は次世代のAI用の2nmの半導体に注力しているが、データがなければAIは動かず、現実世界の情報収集にはもっと大きな0.1ミクロンスケールから、場合によっては0.5ミクロンといった比較的大きなサイズの素子が必要になる。Society5.0社会を強化するには、2nm以降の次世代半導体とセンサ関連分野の2つの山を作っていくことが必要であり、これを大学の研究ではなく産学連携のレベル3として実現していくことを一緒に目指していただきたい。豊橋市を中心に半径100キロの円を描いてみると、知の拠点として名古屋大学(C-TEFs パワーデバイス)、名古屋工業大学(極微デバイス次世代材料研究センター)、三重大学(半導体・デジタル未来創造センター)、静岡大学(電子工学研究所)があり、半導体に関係している会社が多く立地している。熊本のようにTSMCといった海外大手の会社を誘致するやり方もあるが、彼らは戦略的な経営により世界の動向が変化すると、工場をドライに閉鎖してしまうリスクがある。こうした1社依存のリスクを考えると、これだけプレーヤーが集まっている東海地域ならではの半導体関連技術や製造技術の展開の期待が高い。例えば自動車に特化した半導体はニッチではあるがマーケットとしては非常に大きい。こうしたものを作り上げてこの地域の発展につなげていくのが私自身の構想になっている。
具体的に提供が可能な企業向けサービスとしては、集積回路・センサ試作サービスの提供があり、LSIや半導体以外の試作も可能である。ガラス・樹脂・セラミックスの微小な構造を作る、あるいは液体を流すような微小流路・バイオ/DNAセンサも同じ施設で作っているため、半導体以外の加工や、半導体製造機器の開発も可能である。また、会社で試作したものを大学に置いてユーザーに使ってもらって製品開発のフィードバックを得ることもできる。人材育成面では、多段階の実習型プロセス講習会、LSIインテグレーター育成講座など一気通貫人材育成機会の提供も行っている。本学のLSIに関する全設備の保守管理・運用は、実際に最先端の半導体工場で勤務経験のある博士号を取得したスタッフが担当している。試作希望の内容を質問してもらえれば100台以上ある装置の中から、どの装置をどんな条件で使えば所要の構造が得られるところまでのプロセス概略設計を事前相談で提示する体制となっている。この中で必要な日数とコストが提示されるので、会社で判断していただいて契約となる。現在は、1日9万円で施設内の約100台の装置どれでも使い放題である。ICを作るには最短で2週間から3週間かかるため、300万円程度を用意いただくと集積回路を1回試作できる。1回でうまくいく保証はないため、年間に数回程度試作してもらうとオリジナルの商品のPoCが開発できる。
企業向けの「俯瞰型高度半導体人材育成プログラム」は、CMOS-イメージセンサの製作、動作確認を行う9日間のプログラムで、ウエハを自らの手で作成して、作り込む技術、ノウハウを体得するものである。「地場産業向け半導体リカレントプログラム」は、豊橋市役所に協力のもと、各社との討議によるオーダーメイドプログラムであり、半導体アプリ展開も想定し、座学と実践を併用した半導体デバイスの構造及び機能を実体験で理解するものである。また半導体技術応用研究会として、半導体研究者・技術者と地域の若手技術者との研究会を提供し、最新の技術動向理解やユースケースの掘り起こしを活性化する。またプログラム修了者にはデジタルバッチの発行も予定している。
豊橋市を始め、地方公共団体の産業振興の方々に入っていただき、テーマ探索やマッチング会を実施しており、本学はオープンラボ、LSI棟、共同研究共同開発のサポートサービスを提供している。地元産業界は事業展開の構想や人材育成、アプリケーションから装置等の共同開発、それに学生を参画させ、優秀な学生を企業につないでいくことにより、地場産業の創設やベンチャーの創出につなげていきたいと考えている。大学、企業群、行政、金融機関等が集積し、多様な共創的環境の下でさまざまな化学反応を起こし、イノベーションの創出を実現できる場としたい。私もこれまで地域の企業に協力いただいて、半導体装置をこれまで8台以上作ってきたが、こうしたものが作れるのもこの地域の企業の技術力のおかげだと思っている。大学を企業の共同研究所化してはどうかというのは私の構想である。これは、大学の研究環境を開放し、企業の基礎研究や開発を分担する場として使っていただくというものである。半導体関連産業は非常に裾野が広いため、各方面から参画するチャンスはあると思っており、少しでも興味があれば気軽に相談していただきたいと思っている。