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産学官民交流事業

2022.02.04 第219回東三河午さん交流会

1.日 時

2022年2月4日(金)11:30~12:30 ※時間短縮

2.場 所

ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム

3.講 師

舞台映像作家/株式会社青空 代表取締役 山田 晋平 氏

  テーマ

『どうしてわたしは豊橋に住んでいるのか?』

4.参加者

26名

講演要旨

 「私がどのような仕事をし、何で豊橋に住んでいるか?」についてお話させていただく。私の父は転勤族であり各所を転々としたが、小学校からは東京近郊に暮らしていた。外交官になるのが夢で、高校3年生のとき交換留学でアメリカに渡り、1年間学んで卒業した。当時、映画が大好きだったこともあり、東京に戻ってからは大学に行かず、フリーター生活で4年間、年間300本の映画を見た。当時、美術系の大学に通う同級生と会い、その知識や言動の羨ましさから22歳の時に京都造形芸術大学に入学し、映像と舞台芸術を学んだ。映画を年間300本見たという経験から、映画を勉強する美大生の中で私は映像理解力が高く優等生であり、先生からの紹介で大学時代から仕事が来た。26歳で大学を卒業し、フリーランスの舞台映像デザイナーとして活動を開始し、国内外で多くの作品に関わった。33歳の時に、愛知大学文学部現代文化コースメディア芸術専攻の立上げと教員へのお誘いがあり、初めて豊橋に来た。7年間教員を務めたが、教育と現場制作の両立は難しく、どちらで生きていくか悩んだ末、41歳で愛知大学を退職し、現場制作を選んだ。2020年6月に豊橋市の水上ビルに私のアトリエ兼住居である「冷や水」をオープンし、2021年7月に「株式会社青空」を設立した。豊橋に住んでいるのは33歳からで、この時から豊橋のことを知るようになった。
 私は「舞台映像作家」という仕事をしている。舞台の中で使う映像の制作を専門としている。「舞台映像作家」は私が作った言葉である。美術家と舞台美術家とは違う。ファッションデザイナーと舞台衣装家とは違う。つまり、映像作家と舞台映像作家は全く別物であり、別の感性・知識・経験がないとやれないと考えてこの仕事を始めた。現在、舞台芸術、現代美術の仕事が増えているが、芸術に関わる映像制作以外の仕事はほとんどしていない。
 かなり特殊な作品であるが、これから「まち」をテーマにした2018年の作品【カワララ・ラプソディー】を見ていただく。この作品は、兵庫県豊岡市を舞台に、ツアーパフォーマンス(お客さんがまちなかをツアーし、最後にパフォーマンスが組まれている)とリサーチベース(まちのことを良く調べる、郷土史家などへのインタビュー)の映像で構成されている。豊岡市には丸山川が流れており、いつも眺めていて「いい川だ!」と思ったのがこの作品の始まりである。この川のことを調べていくうちに、洪水、震災、治水工事でまちが形成されたことなど様々な歴史が分かり、メンバーが小説化し、これを基にダンスパフォーマンスや彫刻を作ったりするという映像作品である。豊岡市は、人口8万人の都市であり、この規模で芸術をやっていくのは大変である。主催は「城崎国際アートセンター」であるが、世界からホットなアーティストが集まるに拘わらず、豊岡市民から認知されていないという現実があり、「豊岡市民のための作品を作って欲しい!」という依頼から、いろいろな方に会い、歴史や風景などのインタビューを行い、創造力を働かせ、「まち」について考える作品を作った。この映像制作を通して、「まちに住んでいる人のために作品をつくることは良いことだ」と思った。
 私の仕事は、ほぼどこかに出掛けて行うのがほとんどである。なぜ私は豊橋に住んでいるのか?愛知大学退職時、仕事が多い東京、知人・友人が多い京都を考えたが、最終的に豊橋になった。新幹線が停まり、地の利が良いということもあるが、決定的だったのは私にふるさとが無いということである。豊岡市で仕事をして、昔から地元のことを知っている市民の話しを聞いて羨ましいと思った。温泉とソバが好きだったので、長野県上田市も候補であったが、京都、豊橋と三つ巴の結果、長く住んで豊橋を好きになることにした。豊橋は、芸術・文化の面で“伸びしろ”がたくさんある。まだ、誰もやっていないことをやれば喜ばれると信じている。2016年に開催された「トリエンナーレ豊橋」で、地域の方々と仲良くなった。また、「まちなかデザイン会議」などを通してつながりが出来たことや水上ビルの存在など、豊橋の魅力を発見した。2019年のトリエンナーレが豊橋に来ないということで、関係者ががっかりしていたことから、豊橋には潜在的なアートの欲望があることが分かり、芸術の普及活動が出来るはずだと考えた。お金にはならないが、芸術の鑑賞者を作り出していくという活動が出来れば、15~20年後には何かが変わると思う。豊橋市美術博物館は、ぜんぜんダメ。PLATは良いプログラムを行って充実しており、演劇・舞台として伸びていくと思う。豊橋は、じっくり取り組め、生活コストも安く、潜在的需要があり、芸術の普及活動に誰も取り組んでいないというところが決め手である。上田市では時間がかかるが、豊橋市には人脈、未来へのビジョンがあり、30万人という行政規模も決断の一因となった。
 私は、『月一水あび』という取り組みをしている。月に1回、トークショー、ワークショップ等を行っている。広い場所ではないので、15~20人が限度。子供から大人まで、様々な人を対象としている。その時その時で私が呼べる人、紹介したい人を呼ぶというコンセプトでイベントを行っている。自慢するわけではないが、良い意味で「輸入業者」。現場で知り合った方や全国の知り合いを、豊橋の皆さんに紹介出来る。良い刺激になればと思いこのような活動をしているが、謝礼は全部自腹で赤字である。ワンドリンク500円のチケット制で、実質300円の収入。お金がなくてもやり続けるつもりだが、このような活動はまちで支えていただけると有り難い。社会貢献という自負もあり、是非協賛をご検討いただきたい。この活動が、私が豊橋にいる目的であり、自分にとって重要な位置付けである。