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産学官民交流事業

2024.07.05 第243回東三河午さん交流会

1.日 時

2024年7月5日(金)11:30~13:00

2.場 所

ホテルアークリッシュ豊橋 5階 ザ・グレイス

3.講 師

Wood Works 時不知 倉澤 真 氏

  テーマ

『主役ではなく脇役をめざそう ~地域を引き立て自分を育てる新しい社会のつながり方~』

4.参加人数

30名

講演要旨
 「主役でなく、脇役を目指そう!」というテーマで、ロープのスツールを主軸にして話を進める。まず自己紹介であるが、1975年7月岡崎市の出身で、システムエンジニアから家具職人に転職した。コンピューターの世界と手作業でものを作り上げていくということは、正反対のものである。私は3世代家族7人で暮らし、受験戦争や就職氷河期を経験しながら過ごしていた。競争社会から個人主義になっていったのもこの頃であったと思う。「年金問題など親の世代と同じ条件で老後を過ごすことはできない」というのを肌感で感じてきたのも私の世代であり、こうした個人主義への変化が、私が個人工房に進んでいった背景としてあると思う。
 社会人生活はシステムエンジニアからスタートしたが、システムエンジニアは機械が主体である。機械はシーケンサーという専門の制御装置があり、その仕様に合わせてプログラムを変えていく。それを例えると、今年はドイツ語を必死に覚えてもらう。でも来年はフランス語を覚えてもらう。ドイツ語はもう不要。常に新しいことを覚える必要があり、流れていく知識に虚しさを感じていた。また年齢を重ねていくと記憶もおぼろげになり、時流に翻弄されない積み重なる知識や技量に強く憧れを抱くようになった。
 自分を立ち返ろうと思い、オートバイやアウトドアが好きなので、日本中を旅して空白の時間の中で模索する期間を持った。確か25歳位で、今振り返るとこの空白の時間はとても大事であり、優先順位をリセットして私を再構築するとても良い機会であった。その中で北海道の湖畔にあるベンチから、職人の道へ進むことになった。バイクで北海道を旅していた時に、あるベンチに出会った。形は普通のベンチであったが、バックパッカーの人や旅人がベンチの裏に落書きを残していて、その文字がとても印象に残った。そこには「この景色があることに感謝して、この人生があることに感謝して、このベンチがあることに感謝する」と書かれていた。ベンチが人の心を揺さぶり印象に残るもの、家具にはそのような力があるのかと思い始めた。自分の家や近所にベンチがあったとしても、気持ちが大きく揺さぶられることはなかったと思うが、しかるべき空白の時間があった旅の中での出会いであるからこそ気が付いたと思う。
 カバン職人や植木職人などさまざまな職人の中で、なぜ家具職人を目指したのかというと職人の世界は長く使われた道具が多い。システムエンジニアの仕事の経験から、仕事に使う道具を見ることで業種や仕事の寿命が見えてくるのではないかと思った。カンナやノミは昔からあり、今の形になった江戸末期からずっと形は変わっていない。歴史があり長寿命、流行に左右されないもの、長く時間をかけて積み重ねている業種だと思った。また、木材の美しさ、木材に触れた時の心の落ち着き、そこに惹かれたのもひとつである。日本の四季美の中で培われた技法の価値は、日本の中にいると気が付かないが、世界に向けて発信できるものであり、今後価値が高まっていくと思う。加えて、職人は自己成長のプログラムが作りやすいと思っている。ノミをひたすら研いでいくとか、カンナがきれいにかけられるとか、テーマを持って成長しやすい職種であると思う。
 15年の修行期間を経て2018年に開業したが、2019年12月にコロナ禍となった。未曾有の体験だったと思うが、2023年の5類感染症になるまでに、私は内省の時間に近い時期を過ごした。自分の技術探求、価値感や特性を知る、自分を構成する性格を考える時間をしっかり持てた時期だったと思う。まず自分を知るとはどうやってと思った場合は、MBTI診断テストをひとつの手段としてお勧めしたい。これは1960年代にアメリカで生まれた診断テストである。16種類の性格に分ける診断テストであるが、その結果、例えば私はどのようなタイプだったかと言うと「INTJというグループの建築家タイプ」で、性格としては「独自の理論を持つ分析的な性格、内省的で独立心が強く向上心が強い、独創的な解決策を好み相性が良いタイプは領事館型」という結果が出た。この結果をもとに私がしたことは、YouTubeで調べてみると建築家タイプはこういう性格で、こういう長所、こうした短所があるというように書いてあって、さらにYouTube動画のコメント欄を読むと、そこに自分と同じとされる性格の人が集まっていた。同じ結果同士の人のコメントの重なり合いが、より立体感を出してくれるため、自分の特性を知るには、そこまでいくとかなり深掘りできると思ってお勧めしている。建築家タイプの性格は、内向的なタイプになる。人を前に出るのが苦手なタイプであるが、コメント欄を見ていると私の性格タイプは「成長段階が上がってくると、学習を求めるために苦手なことや失敗を受け止められるようになる」とあった。本日は、まさに失敗するために演台に立って、新しい学習を得るためにここにいるのかもしれない。
 次に、こうした自分の性格特性を踏まえた上で、家具職人という職業をどう捉えていこうかと考えるようになった。その中で同業ではなく同類と比べることを考えた。家具職人は古い伝統的な道具を使っているが、同類はどういう仕事があるのだろうか。家具は商品格差が大きく、50万円や100万円のテーブルもあれば、1万円のテーブルも売っている。そこで天ぷらの料理人が、家具職人に近いかのではないかと考えた。というのは料亭の天ぷらは何万円もするが、スーパーのお惣菜でも天ぷらは多く売られている。高いもの、安いものもあり、それが共存している世界である。家具も同じで、ニトリなど大手にシェアを奪われる中で生き残っていくためには、カウンターの天ぷら職人を同類として比べていくべきではないかと思った。その特徴は、手仕事が見えることだと思う。旬のものを目の前で料理してくれる。出来上がった家具を置くだけではなくて、作っている過程や、何を想って作っているのか、どんな道具で作っているのかを付加価値として足していく。こうしたことが良いのではと思い、インスタグラムやSNSで家具を作っている過程をオープンキッチンのように紹介しながら運用している。
 コロナ禍が明けた2023年5月、人と人がつながり始めた頃に、私は自分のことを探求する性格であるため、せっかくであるから新しい視点で社会とつながりたいと思った。今までは商業施設やオーナーから受注して家具を製作してきたが、もっと新しいものを作ってみたいと考えた時に、視点を顧客や施設ではなくて地域に向けて作ってみたら誰もやってない取組になり、試行錯誤するかもしれないが、やってみようと思いスタートした。新しい視点によって新しい家具が生まれる可能性にドキドキし、頑張ってみようと思った。
 工房の近くに蒲郡市形原町があり、蒲郡市の西部に位置して人口は1万2,000人で、かつては形原温泉が栄えていた。6月は、あじさい祭りが有名で観光客が多く訪れたようである。また、繊維ロープ発祥の地で、全国シェアの40%を占めている。形原町は、地形が南北に長く、温泉に加えて海や漁港もあるため、見応えがある地域である。とは言うものの1960年代にモータリゼーションで自動車が生活必需品となり、温泉旅館がとても繁栄していたが、その波が終わりを告げ、今衰退期を迎えている。形原町の良さが私には見えているため、盛り上げたいと考え、家具と相性が良いのはロープであり、何か形になるのではないかと思った。ロープをどのように手に入れるかを考えて調べてみると、創業100年のロープ製造会社があることが判り手紙を送った。創業100年の立派な企業に、フリーランスの私の話を聞いてもらうには戦略が必要だと考え、熱量が伝わりやすいようあえて手書きで書いた。手紙を送った後に幸運にも回答をいただき、社長に会うことになった。その日は、これまで作った家具など、プレゼンテーションをするように持っていった。スツールの実物を触れてもらうと説得力になるため、まず触って座ってもらおうと思った。何とかロープをフリーランスの私が作る家具に協力してほしいとお伝えしたところ快諾してくださり、ちょうど社長がロープ組合の理事長をやっていたタイミングでもあり、数十社からアップサイクルロープとして「端材」など使われなくなったロープを集めて提供いただくことになった。
 材料は揃った。そして試作。最初は組み合わせるように編み込んで座面を作ろうと考えていたが、難航した。アップサイクルロープは余ったロープであるため、細いロープも太いロープも混在している。よって編み込んで座面を作ることはほぼ不可能であった。しかもせっかく皆さんが善意で提供してくださったものであり、「太いので勘弁してください」など言えるわけがない。試行錯誤して熟慮を重ねた結果、板に巻き付けることでロープの太さの影響はなくなると考えた。板を2枚にして角度を出してあるため、光の加減でロープの質感も出る。スツールは背もたれのない椅子で、ある角度から見ると、ロープの歯車の印象を表現でき、ロープ工場のイメージをスツールの中に取り入れることができた。持ち運びやすく、多くの人に見てもらうことができるという利点があり、座面を広くしてロープの質感に直接に触れてもらえるのも家具としてのスツールの良さだと思った。難産ではあったが、良いものができたと思っており、考え抜くことができたというのは、大きな収穫であった。
 できたスツールを買ってもらうより、まず知ってもらおうと考え、形原町に敬意を込めて「形原スツール」と命名した。形原町に暮らす人、ロープ製造に従事する人、そうした方が主役で喜んでもらえる家具、スツールであってほしいという想いがあり、買ってもらうという縦軸よりも知ってもらって皆さんに座ってもらうという横軸へと考えを広げてこのスツールを無償貸与するという考えに至った。ロープを作っている工場は歴史があり、木造のノコギリ屋根の下で古い機械が黙々と動いているのは、アンティークな腕時計が動いているような感覚に近く、歴史があって精巧なものがずっと続いていることに感動するが、働いている人は、それが日常であって何も意識していない感じであるため、こうしたものの価値を多くの人に知ってもらいたいと考えた。ロープ組合が主役で、また蒲郡市が「サーキュラーシティ蒲郡」を立ち上げたタイミングでもあり、サーキュラーというのは、リサイクルのような一辺倒ではなく、サーキュレーションという形で循環するものを作っていこうというのが取組の大枠である。よってスツールの価格は提示せず、ロープ組合やサーキュラーシティ蒲郡をロゴなどでPRすることが形原町の人が喜んでくれるスタイルではないかと考えた。
 地域医療に力を入れるクリニックまず置いていただき、写真を撮って教えてくださる方もいて、新聞紙やYahooニュースにも取り上げられた。ロープ組合にもラジオ取材があったようなので、形原ロープの認知を上げることには成功したのかなと思う。現在は木製のスツールなので室内利用限定である。ロープは屋外でも問題ないが、フレームは木なのでそちらがダメになってしまう。アウトドアでも対応できる鉄製品の作家が「じゃあ僕が作るよ」手を挙げたり、柄もロープの種類もいろいろあるので、アート作品作家が手を挙げてくれるのが理想ではないかと考えるようになった。 次に老舗の温泉旅館に併設される足湯のカフェに置いていただくことになった。観光と産業が組み合わさることにより、地域の魅力に奥行きが出ると考えている。店舗や施設へスツールを無償貸与のこの活動は、打ち上げ花火みたいな一瞬のものではなく、3年・5年と続けていきたいと考えている。スツール設置時などにクリニックやカフェで働いている方と一緒に話をすると、地域の魅力をより知ることになった。その魅力は、地域で暮らす人々の魅力との相乗効果ではないかと思う。漁港近くの食堂に置いていただいたりして、空き家など問題はあるが小さなアクションをコツコツ積み重ねることが大切と学んだ。
 変わったところでは、猫用のスツールも作っている。繊維ロープは猫の爪とぎにも活用できるため、猫用のハンモックを合わせてみるのも良いと考えている。他には二人展を開催するダルマ作家と一緒に、主役をダルマ作家にして、脇役を私にして意識的にレイヤーを変えれば奥行きが出てくると思っている。脇役は何なのかと思うと、主役を引き立てる重要な役割で、それは別に短期的でも瞬間的でも構わない、プロジェクトでも案件でもそれ毎でも構わなくて、相手を目立たせることで自分の役割や特性を客観視することができる。これは視座が高くなり、メタ思考のトレーニングになる。脇役だからと言って責任逃避ではなく、自己成長のきっかけになると思った。個人主義が進み皆が主役になりたいという傾向の中、脇役を目指す者はレアケースであって競合しないためブルーオーシャンではないかと思う。
 ブルーオーシャンの話のつながりで言えば、海洋の漂着ゴミが大きな問題になっており、2050年は海の魚よりもゴミの方が多くなるのではないかとも言われている。環境に対する企業の姿勢が問われる中で、私は石垣島の漂着ゴミのロープでスツールを作りたいと考えている。石垣島は黒潮の影響もあって流れ着くゴミの量は日本屈指である。ゴミ問題を見つめるきっかけとなるように、漂着したロープを使ってスツールとして販売する。もしできればそのスツールを石垣市のふるさと納税の返礼品にしたら面白いのではないかと思う。経済によって生まれたゴミを経済によってなくすことができれば、シンプルなサイクルが生まれるのではないかと考えている。今まで無償貸与の形原スツールについて頭にキーワードが残っていたのは、二宮金次郎の「経済なき道徳は戯れ言であり、道徳なき経済は犯罪である」という言葉である。漂着ゴミのスツールを経済的に回すことがその答えになるのではないかと思っている。
 「ハチドリのひとしずく」という南米の地方の古い話がある。ハチドリは体長10cmくらいの非常に小さい鳥で、花の蜜を静止状態で吸う姿が有名である。森が燃えて動物たちは逃げているが、ハチドリだけはいったりきたりして、口ばしで水のしずくを運んで火の上に落としている。動物たちがそれを見て「そんなことをして、いったい何になるんだ」と言って笑う。ハチドリは「私は私にできることをしているだけ」と答えたという話である。私の活動も何とかできることを続けていくことが大切と思っている。脇役になることで自分の色を知ることができ、他者との組み合わせによる色合いの素晴らしさを感じることもできた。「思う」「願う」「祈る」という3つの言葉を考えた場合、「思う」は軽くて届かないような印象がある。「願う」は力は強いのだけど、どこかに見返りを求めているように感じる。「祈る」というのは理他的で、遠くまで届くような気がする。脇役はどこか「祈る」に近いものではないかと思っている。「誰かの脇役になる」「このプロジェクトの脇役になる」など、身近な脇役に皆さんも挑戦してみることをお勧めして私の話を終わらせていただく。