2026.02.06 第259回東三河午さん交流会
1.日 時
2026年2月6日(金)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム
3.講 師
豊橋中央高等学校 校長 高倉 嘉男氏
テーマ
『インド映画はなぜ踊るのか』
4.参加者
31名
講演要旨
本日はインド映画についてなるべく分かりやすく、まだ観たことがないという方も対象にしてインド映画について話をする。タイトルは「インド映画はなぜ踊るのか」であるが、私は昨年10月に本を出版しており、その本のタイトルでもある。
私は、時習館高校を卒業して東京大学文学部に入学、卒業後インドの首都デリーのジャワーハルラール・ネル大学に留学した。留学する前に2年間語学学校に通って大学に入り、ヒンディー語をずっと研究して最後に博士号を取った。その時、語学の勉強のためと思い、ヒンディー語の映画を毎週観ていた。もともと映画は大好きであったが、映画を観るうちにだんだんレビューを書くようになり、インド留学日記サイト「これでインディア」でレビューを公開し、そのレビューを書いているうちに日本のインド映画界隈で話題となって、インドを好きな方にとっては割と知られているサイトとなった。当時、まだツイッターなどSNSが普及しておらず、ネットで情報を発信するには多少HTMLなどのプログラムの知識が必要であり、インドからホームページを通して現地情報を発信しているとそれだけで価値が出た。帰国後は、「Filmsaagar」というインド映画サイトを立ち上げ、現在も運営・更新をしている。本業として、豊橋中央高校の校長を務めており、また東京外国語大学でヒンディー語の非常勤講師として毎週授業を担当している。
では、なぜインド映画なのか。インド人の3大トピックは、クリケット、政治、映画である。クリケットはインドで最も人気のある、野球に似たスポーツである。またインド人は政治の話もとても好きで、選挙が近くなると職場などで政治の話ばかりといった状況になる。映画は、日常会話の中で非常に重要な役割を占めている。ほとんどのインド人が映画を観ており、その感想などの話で盛り上がっている。インドでは映画が娯楽の王様で、音楽、ファッションといった流行の発信源となっているし、意見を戦わせる言論空間にもなっている。また、映画は母語愛や郷土愛とも密接に関係し、インド人のアイデンティティーとなっている。私は「物語」を共有するものが「インド人」だと考えている。インドは物語共同体であり、古代の「物語」は「ラーマーヤナ」と「マハーバーラタ」、現代の「物語」は映画である。映画館は街の中心である。新興住宅地が郊外にできると、まずは映画館が建設される。映画館があると、周辺に商店街ができ、周辺の土地が売れていき、それで住宅街ができる。インドとインド人を理解するには、まず映画から始めるべきである。国際社会においてインドの地位がますます重要になる中で、インド映画の研究は日本の国益にも沿う非常に意義のあることだと自負している。
現在、インド映画は空前のブームを迎えている。しかし、実際豊橋の皆さんにとって、インド映画というのは遠い存在ではないか。1998年より前の日本で公開されたインド映画の状況は、日本では1966年に公開された「大地のうた」というサタジット・レイ監督の作品が有名で、農村に住む貧しい人たちが苦労しながら生きているといったイメージを持たれた方が多かった。1998年に「ムトゥ踊るマハラジャ」という映画が公開され、娯楽映画として非常に流行り、そこからインド映画のブームが日本で起こったが、何本か映画が公開されて終わってしまった。この時期は韓流ブームに押されてインド映画がその人気の陰に隠れてしまったことや、トラブルもあってインド映画が扱いにくいというイメージが業界内に広まってしまったこともあった。2009年に公開された「きっと、うまくいく」はよくできた映画で、日本で公開されたインド映画の中では一番素晴らしい映画だと思っている。ここから次のインド映画ブームが起こった。2015年に公開された「バーフバリ 伝説誕生」と2017年に公開された続編の「バーフバリ 王の凱旋」でまた盛り上がり、コロナ禍明けの2022年に「RRR」が公開され、以来インド映画ブームが続いている。2026年においても1月に4本、2月には2本、インド映画が公開されており、もうほぼ定着してる状態といって良いと思えるほどインド映画が盛り上がっているが、豊橋にはそのムーブメントがまだ届いていない。東京では、インド映画のイベントに全部行くといった、インド映画を本当に好きな人が増えてきている。私も時々東京でそうしたイベントに参加するが、日本では女性ファンがほとんどである。インドでは映画好きな人はだいたい男性であり、全くインドとは違うが、盛り上がっているのを見ると嬉しい気持ちになる。
インド映画が観られる中で、誤解や偏見が拡散していることを危惧している。インド映画について、「突然踊り出す」「長い」というイメージが広まってしまっているが、それを払拭したいと考え、著書「インド映画はなぜ踊るのか」を執筆した側面もある。インド人の子どもは、クラスのほぼ全員が映画を観ている状況である。それに日本で近いのは、漫画やアニメである。そのため、インドの映画文化を日本に置き換えて理解しようと思った時には、映画ではなく、日本の漫画とかアニメの文化に相当すると捉えると分かりやすい。インドでは、映画は娯楽の王様であり、カルチャーのど真ん中であり、社会システムの中心にもなっている。映画は、インド人の人生観や価値観に大きな影響を与えている。
ここでインドの概要の話をする。最近、インドの人口はそろそろ15億人に達し、中国を抜いて世界1位になったと言われている。面積は328万㎢で世界第7位、日本のほぼ10倍である。首都はニューデリーで私もそこに住んでいた。28州と8連邦直轄地があって、23の公用語があり、規模的にはEUと同程度と考えてもらえば良い。インドのGDPが近々日本を抜くとも言われていて、日本にとっては、政治的、経済的、軍事・戦略的に重要な国である。こうしたインドとビジネスを行う上で、インド映画の理解を絶対に必要である。インド映画の中で、いろいろなオピニオンが戦わされており、今インドで何が問題となっているのかがインド映画を観るとよく理解できる。繰り返しになるが、インド人を理解し、インドの今を理解するためにインド映画は最良の情報源だと考えてインド映画を日々見ている。
インドでは言語ごとに映画産業の拠点がある。最大規模を誇るのがヒンディー語映画であり、他ではテルグ語映画、タミル語映画が大きな産業となっている。映画産業ごとにスターがおり、最大規模はムンバイを拠点としたヒンディー語映画産業で、通称ボリウッドと呼ばれている。
映像における表現手段として、「ナレーション」「セリフ」「詩」「映像」「音楽」がある。おそらく映画評論家や映画愛好家の人たちの考えとして、表現手段で一番次元が低いのが「ナレーション」で全部説明することだと思う。「セリフ」にも、直接的な表現と婉曲的な表現があるが、婉曲的な表現の方が文学的でレベルが高い。また「音楽」を使って感情を表現することもできる。映画の感情表現の中で一番レベルが高いとされるのは、「映像」でものを語ることである。だが、インド映画においては、もう一段上のものとして、「詩」がある。インド映画では、「詩」によって感情や状況などを表現することが重視されている。インド映画の「音楽」の歌詞は、プロの作詞家や文学者が書いている。インド人は、カースト制度の影響もあると思うが分業が好きであり、映画の製作も細分化されていて、文才のある人たちが歌詞を専門に作っている。そのため、その表現技法や深遠さは簡単には真似できないレベルで、歌詞から深い感動が得られることが多く、ここにインド映画の強みがあると感じている。
ダンスシーンの作成過程として、伝統的に作曲が先である。まず作曲家が、歌やメロディーを作り、それを作詞家に渡して、作詞家が脚本などを参考にしながら、曲に歌詞を乗せていく。このようにストーリーとメロディーに基づいて作詞が行われていて、優れた映画では、歌詞がストーリーを引き立ててストーリーが歌詞を引き立てるといった相乗効果が観察される。私は、インド映画は「伊勢物語」のような歌物語であると考えている。言語や詩を理解しない人は、インド映画を観るとどうしても踊りに目がいってしまう。だが、歌詞が分かると、ここでこの歌詞か、この感情をこうして表現するのかといったように、素晴らしい感興が得られる。実はインド人は世界でもっとも詩を愛する人々である。映画であるので、歌詞に映像をつける必要があり、だから踊りになる。ダンスシーンには多大なエネルギーが注ぎ込まれており、インド人の観客は踊りも楽しんでいるが、それ以上に歌詞を楽しんでいる。
第77回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した「私たちが光と想うすべて」など、最近は踊りが入らないインド映画も散見されるが、よく観察すると歌や詩は入ることが多い。踊りのない作品にも詩が入ることにより、インド映画のフォーマットをちゃんと踏襲していると感じる。ダンスシーンは詩の延長であり、現実と空想が交錯する。詩がまず大事であり、その映像化において、詩に空想力が入るのと同様に、映像にも空想が入り込む。歌詞の理解をどれだけできるかにインド映画の最終到達点があると感じていて、これこそが他国作品にはないインド映画の素晴らしい特徴だと思っている。
インド社会を写実的に映像化すると踊りを入れなければならないという事情も理解すべきである。インド人はお祭りがあれば踊り、結婚式でも踊り、雨が降っても踊り、学校の文化祭も結局ダンスパーティーになるというように、踊りが日常となっている。
映画は19世紀末に生まれてすぐにインドに伝わり、1913年に初めてインド国産の映画が公開された。しかし、映画の到来前からインドでは歌、音楽、踊り、演劇が一体となった舞台パフォーマンスが上演されていた。「ラームリーラー」は10月初めぐらいに10日間にわたり地域の演劇好きが集まり劇をするお祭り、「ナウタンキ―」と呼ばれる北インドの田舎町で行われる舞踊劇、「ラーヴァニー」と呼ばれるムンバイのある地域の舞踊劇など、インド人の日常の中には自分が踊る機会、パフォーマーの踊りを観る機会もたくさんある。だから映画が作られるときも自然に踊りが入ってくる。無声映画の時代から踊りに満ちた映画作りが行われていた。
最後におすすめのインド映画をいくつかピックアップする。最初の映画は「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」である。輪廻転生のコンセプトが入ってインド文化の特徴をよく捉えているロマンス映画で、ロマンス映画が好きな方にはおすすめである。次は2009年に公開された「きっと、うまくいく」である。この作品は2013年に日本でも公開された。インドの高等教育の競争主義を批判する教育ドラマであるが、楽しんで観られるうまい作りになっており、インド映画の最高到達点である。続いては2015年に公開された「バーフバリ 伝説誕生」と2017年公開の続編「バーフバリ 王の凱旋」である。インドの古代や中世あたりをイメージした架空の王国の王位継承の争いといった内容のエピックアクション映画で、この作品をきっかけにインド映画の世界に入った日本人は多い。2022年に公開された「RRR」は、アカデミー賞で歌曲賞を受賞した作品であり、国際的に非常に評価が高かった映画になる。これは20世紀前半の英領インドを舞台にした、男と男の友情を描いた映画であり、非常にエネルギッシュな作品だ。最後は「プシュパ 覚醒」と続編の「プシュパ 君臨」である。バイオレンスアクション映画で、苦手な人もいるかもしれないが、発想がすごいアクション映画であり、インドで最大のヒットとなった作品でもある。本日の話を聞いて、皆さんがインド映画に少しでも興味を持っていただけたら嬉しく思う。
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