2026.10.09 第266回東三河午さん交流会
1.日 時
2026年10月9日(金)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム
3.講 師
新城市盛り上げ隊長/段差のない家 代表 清水 大夢 氏
テーマ
『子ども食堂という新しい仕事を作り上げる』
~新城市で地域創生のモデルケースを確立する~
4.参加者
32名
講演要旨
私のビジョンは、子どもたちが自分の可能性を信じて挑戦できる社会をつくることである。私が今、このような活動をしている背景には、子どもの頃の私をつくってくれた大人たちの存在がある。少年団でサッカーをしていた時のコーチ、両親、地域のおにぎり屋のおばさん、小中学校の先生、駄菓子屋のおじさんやおばさんなど、私を育ててくれた大人たちである。この人たちの存在が、23歳になった私が地域に戻り、活動を続けていることの核になっている。
私は、こうした大人たちに育てられてきたことを子どもの頃には当たり前だと思っていたが、大人になった今、振り返ってみると自分の周りには本当にかっこいい大人たちがいたのだと気が付いた。そして、こうした環境は決して当たり前のものではなかったと感じている。例えば、夏休みサッカーのコーチが自分の仕事の前に、朝5時から7時まで豊橋市から新城市まで通い、子どもたちの練習環境をつくってくれていたことは、子どもの頃には特別なことだとは思っていなかった。しかし、大人になってから考えると、並大抵の想いでできることではないと分かった。私が子どもだった頃には当たり前にあった環境が、今の子どもたちの周りでは少なくなっているのではないかと感じている。私は自分が与えてもらい育ててもらった環境を、子どもたちにも残していきたいと考え活動している。
子どもたちが自分の可能性を信じて挑戦できる社会をつくるためには、子どもたちが挑戦できる環境を、大人がつくり続けることが大切である。子どもたちに「挑戦しよう」「何かに取り組んでみよう」と言葉で伝えるだけでは伝わらない。子どもたちは大人の姿を見ているからである。まずは大人自身が挑戦することが重要だと考え、私も挑戦を続けている。大人が「無理なのではないか」「失敗したらどうしよう」「今さらやっても仕方がない」といった言葉を発し、そのような姿を見せていれば、子どもたちは挑戦しにくくなる。だからこそ、まずは自分が挑戦する姿を見せたいと考えている。
現在、私の活動は大きく三つある。一つ目は「新城盛り上げ隊長」としての活動であり、SNSを活用して新城市の魅力や地域の活動を発信している。二つ目は、サッカーの指導者として、自分が育った少年団のチームを支える活動である。三つ目は「OMUBASE」という取組で、8月末まで月に1度レンタルスペースを借りて飲食店を営業していた。
まず、新城盛り上げ隊長としての活動について説明したい。私はSNSを使って、地域で開催されるイベントやさまざまな取組を発信している。しかし、本当の目的は、単にイベントを紹介することではない。私は23歳であるが、同世代の人たちからは「新城には何もない」「何もやっていない」といった声を聞くことがある。しかし、実際には新城市でもさまざまな活動が行われている。それにもかかわらず、若い世代に知られていないのは、地域の情報を知らせるための手段が十分にないからと考えた。SNSを使って、地域でどのような活動が行われているのか、どのような場所があるのかを伝えることが必要だと考え、この活動を始めた。
例えば、地域の企業が本業とは別に、子どもたちにドローンを体験させたいという思いを持っていた。しかし、企業と地域の子どもたちをつなぐ人がいなかった。そこで、私がSNSを活用して両者をつなぐ役割を担い、ドローン体験イベントを開催した。また、フットゴルフ交流会も企画した。一般的な合同企業説明会は、机を挟んで企業と学生が対面する形式が多い。しかし、それだけでは若者に企業の良さが伝わりにくく、参加する側も楽しくない。そこで、まずスポーツを通して人と人が知り合い、その後に合同企業説明会を行うことを企画した。さらに、商店街のまちなかを飲み歩く「のんだらりん」というイベントも企画した。私自身も一つのブースを出店したが、当日は約370人がまちなかを飲み歩くという、新城市では珍しい光景が見られた。
次に、サッカーの指導者としての活動について説明する。私が指導者になろうと考えたのは、先ほど紹介した、子どもたちのために練習環境をつくり続けてくれたコーチが、昨年亡くなったことがきっかけである。その人がつくってくれた環境を失ってしまうのか、それとも自分が受け継いで存続させるのかという選択に直面した。私は、このチームをなくしてはならないと考え、監督という立場でチームを存続させることにした。ただし、単にサッカーチームのコーチを務めるだけではなく、子どもたちが新城市で育って良かったと思えるようなチームにしたいと考えている。そのため、古民家を活用した自然体験などサッカー以外の活動にも積極的に取り組んでいる。また、昨年のサッカーのワールドカップでは、空き店舗を活用してパブリックビューイングを開催した。地域の子どもたちや保護者が集まり、新城市にも人が集まれる場所があることを知ってもらう機会となった。サッカー以外の活動も含めて、子どもたちが楽しいと思い、人生の経験を増やすことができる環境をつくっていきたいと考えている。
三つ目の活動が「OMUBASE」である。皆さんは、オムライスの「オム」にどのような意味があるかご存じだろうか。オムライスは、ライスを卵で包むことから、その名前が付いている。私は、この「包む」という意味を大切にし、人と人、人と地域を包み込むようにつなぐ場所にしたいという思いから、「OMUBASE」と名付け、月に1度ではあるが場を設けてきた。現在は「100日プロジェクト」にも取り組んでいる。これは、クリスマスまでに1,000人にオムライスを食べてもらい、その売上の一部を子どもたちへのクリスマスプレゼントに充てるという企画である。「おむつなぎ」という名前で進めており、自分一人で実現するのではなく、地域の企業や住民を巻き込みながら取り組んでいる。
私はさまざまなことに挑戦しているが、挑戦は必ずしも大きい必要はないと考えている。例えば、日々のトイレ掃除やお風呂掃除、誰かに「ありがとう」と伝えることも挑戦である。昨日までやっていなかったことを、一つやってみる。何か一つ小さな変化を起こすことも立派な挑戦である。私はサッカーをしてきたこともあり、「シュートは打たなければ絶対に入らない」という言葉を大切にしている。どのような場所からでもシュートを打てば、誰かに当たってゴールに入るかもしれないし、相手に当たってペナルティーキックになるかもしれない。何かのチャンスにつながる可能性もある。しかし、どれだけシュートを打つ機会があっても、打たなければゴールが決まることはない。挑戦も同じである。どのようなことでも、まず挑戦してみれば何かが起こるかもしれないし、新しい人とのつながりが生まれるかもしれない。だからこそ、挑戦することを大切にしている。中学校時代の同期が、現在ジュビロ磐田でキャプテンとして頑張っている姿にも刺激を受けながら、私自身も挑戦を続けている。
これまでさまざまな活動を続けてきたが、自分に足りないものは何かと考えたとき、最も大きな課題は、自分の拠点となる場所がないことであった。いろいろな場所を借りて活動しているものの、自分の場所がないため、人を呼び、継続的に活動することが難しかったのである。私は新城市の千郷学区に住んでいる。ここは、新城市の人口約4万人のうち約1万人が暮らす地域であり、保育園・小学校・中学校、そして紹介した駄菓子屋が近い場所にあり、子どもたちの教育や生活に関わる環境が整っている。ここに子どもたちの居場所をつくることができれば、新城市が住み続けたい、選びたいと思える地域になるのではないかと考えていた。そうしたとき、近くにあるお寺に目が留まった。そのお寺は「正養寺」というお寺で、空き寺になってしまっており、空き寺の防犯上の問題などを地域の人たちが心配していた。そこで、誰か住んで管理してくれる人はいないかという話があり、23歳の私がそこに入りたいと申し出て現在管理人を務めている。
こうして自分の拠点を見つけたが、私は、今あるものをただ存続させるだけでは、地域は衰退していくと感じている。以前、パブリックビューイングを開催した場所も、現在は空き店舗になっている。そして、このお寺も、私が住まなければ空き寺になっていた場所である。新城市には、空き店舗、空き家、古民家など、活用できる資源が数多くある。私は、こうした既にある資源を若者の力などを使ってうまく活用すれば、大きな可能性が生まれるのではないかと考えている。まず、このお寺を活用しカフェを開き、子どもたちが学校から帰ってきたときに立ち寄ることができる居場所にしたい。また、お寺の敷地内には、地域の人たちや、子どもたちが自分でつくったものを販売できる小さな雑貨屋のような場所も設けたい。地域の人たちが何かに挑戦し、その成果をお金に変えられる場所にできればと考えている。
私は1年前に新城市に戻るまでは石川県で活動していた。その際、自分で立ち上げた子ども食堂に「段差のない家」という名前を付けた。この名前は、料理を学んでいた頃、オーストラリアから来たお客様が、海外で障がいのある子どもたちに料理を教える団体を運営しており、その名前が「段差のない家」であった。私はその考えに共感し、ご縁を大切にしたいという想いから名前を使わせていただいた。「段差のない家」は、食事に困っている子どもだけが来る場所ではない。普段、駄菓子屋に行くような子どもたちや、誰でもふらっと立ち寄ることができ、さまざまな人が自然につながることのできる丸みを帯びた居場所を目指して活動していた。実際に、この居場所を通じて生まれたつながりもあった。不登校だった子どもが進学への不安を抱えていたところ、ここで普段学校に通っている友達ができ、実際に高校へ通えるようになった。また、シングルマザーの方たちが知り合うきっかけにもなった。ここで出会い、つながることで不安を減らすことができたのである。こうした事例を振り返ると、地域の中に居場所をつくることには意味があると感じている。ただし、石川県での活動は、私自身の事情で閉めて新城市に戻ってきたため中止となった。居場所がなくなったときに最も困るのは、そこに通っていた子どもたちであるからこそ、次に同じような活動を始める際には、しっかり計画を立て、継続できる仕組みをつくってから始めたいと考えている。
若い世代にとって、働く場所があるかどうかは非常に重要である。同世代からは「新城には働く場所がない」という声を聞くことが多い。しかし、実際に新城市の企業を訪問してみると、働く場所はあるし、良い企業もたくさんあることが分かった。問題は、それらの企業や仕事の魅力が知られていないことである。知らないために、若者が地域の外へ出ていってしまうという課題があると実感した。そこで、これまで地域の活動や店舗をPRしてきたSNSを、今後は企業の広告塔としても活用していきたいと考えている。地域の企業を知ってもらうための情報発信を行い、そこから得られる広告費などで、子どもたちの居場所づくりをしたいと考えている。地域の企業が広告を通じて地域の魅力を発信し、その収益が子どもたちの居場所を支え、地域の大人たちが一緒になって子どもたちを育てていく仕組みを新城市でつくることができれば、地域全体で子どもたちを育てることが可能になると本気で考えている。
現在、拠点となるお寺があり、SNSによる発信も少しずつ動き始めている。この取組を新城市で確立し、全国の過疎地域における地域活性化のモデルケースにしたいと考えている。まずは新城市で成功する仕組みをつくり、次に石川県へ、そして全国へと広げていくことが、今の私の目標である。私は、さまざまな活動を通じて挑戦を続けているが、最後に皆さんに伝えたいのは、子どもたちが自分の可能性を信じて挑戦できる社会をつくることが大切だということである。そのためには、子どもたちに挑戦するよう言葉で伝えるだけではなく、大人自身が挑戦する姿を見せることが必要である。また、子どもたちが挑戦できる環境や、安心して集まることのできる居場所を地域の中につくり続けることも大切である。私自身の活動を通じて、何かを感じてくれる方がいれば、ぜひ一緒に子どもたちが自分の可能性を信じて挑戦できる社会をつくっていきたいと思っている。
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