2025.6.13 第252回東三河午さん交流会
1.日 時
2025年6月13日(金)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 5階 ザ・グレイス
3.講 師
ブレイズサーフ 代表/JPSA公認プロサーファー 萩原 健太 氏
テーマ
『海のまち “とよはし” ~海へ恩返し~』
4.参加人数
28名
講演要旨
私は学生時代に水泳をずっと習っており、市内や東三大会などで良い成績を収めて、水泳の強豪校である豊川高校に推薦で入学した。そこでは全国から優秀な選手が集まっており、リレー選手にも選ばれず2軍、3軍みたいな形になって初めて挫折を感じていた。そうした中で、叔父や父親がサーフィンをやっており、中学2年生の時初めて体験して楽しいと思い、高校に入ってからは伊古部海岸でいつも仲間たちと夏場サーフィンしていたが、部活で挫折し高校を中退してしまった。習い事もいろいろやらせてもらったが、全部なんか中途半端で終わってきた。そう思っていた時に、仲間の先輩やプロサーファーを初めて見て、これをやりたい、1番になるまでやろうと思えるようになり、サーフィンに夢中になっていった。高校は、夜間の高校へ入学し、大会を回りながら、朝はアルバイトをして、昼からサーフィンをして、夕方に学校へ行くといった生活を6年間続け、26歳で愛知大学の夜間部を卒業した。卒業から3か月後の2008年6月、JPSAのバリ島で行われたプロツアーで勝ちプロになることができた。プロになるという目標を達成し、次の目標を探している時に、スポンサーの方に応援いただいてお店をオープンしたのが2010年である。こうした中で仲間たちがやしの実FMのラジオパーソナリティの仕事を紹介してくれて、番組は生放送で毎週放送し、これまで17年間続いている。
こうした形でプロになって今に至っているが、プロになった当時、サーフィンは不良の遊びの延長線上のようなスポーツとの認識が多く、テレビなどメディアに取り上げられたりすることが全然無いということ悔しくて、サーフィンの素晴らしさをもっと知ってもらい、自分がなれなかったプロで1番になるような選手を育てたいと思うようになった。こう考えはじめた2008年ぐらいから、豊橋の海はすごく自然豊かな良い場所であり、環境保全の重要性やウミガメの産卵地でもあるため、こうしたことも考えられる選手を育てていきたいと考えていた。子供たちは親から「海は危ないからから入ってはダメ、近づいたらダメ」と言われることも多いが、サーフィンを通して何が危ないのか、どうしたら安全に楽しめるのかを子供たちに教えたいと思っている。保護者も海に子供を連れていく時に不安に思う部分があると思うので、どうしたら怖くないかを保護者にも教えながら、親子でサーフィン体験をするといった企画を続けている。他にはウェイクサーフィンと言う船の引き波を使ってやるサーフィンも浜名湖や琵琶湖で盛んであるが、そちらでは選手としてまだ勝ちたいという気持ちがあり、大会などに参加している。また、スポンサーの依頼を受けてモデルの仕事をやったり、趣味である釣りの撮影などにも呼んでいただいている。サーフィンスクールやサーフショップ運営以外にこうした仕事をしている。
活動の中心である表浜エリアであるが、子供たちに砂浜で遊んでもらうのにゴミが落ちていたら危ない。また、2020年の7月27日の夕方6時ぐらいに奇跡的に上陸して産卵していくウミガメの姿を見て感動し、環境を大切にしなければならないとあらためて思った。余談になるが、20年程前からサーファー仲間とビーチクリーン活動を行っており、パーソナリティを務めるラジオ番組などで参加を呼び掛けてきたが、サーファーの反応は薄く手ごたえがなかなか感じられなかった。そんな時、テトラポットにはまって一匹のウミガメが動けなくなっているのを発見した。ウミガメの救出に手を貸してもらうよう近くにいたサーファーに声を掛けて一緒にウミガメを持ち上げてもらい、ウミガメは無事に海へと帰っていった。このウミガメを一緒に助けたサーファーは、それまで何度声をかけてもビーチクリーン活動に無関心であったが、ウミガメを助けた後は月に一度のビーチクリーン活動に欠かさず参加してくれるようになり、ウミガメが人の意識を大きく変えることを実感した。せっかく東三河にはこの素晴らしい海があるので、多くの人にその良さを知ってもらえるようなイベントを企画していきたいと考えている。子供たちには、イベントでウミガメの勉強をしながら海でも遊ぶ、環境に配慮しながら楽しめる機会を提供していきたいと思う。
これまでの活動を紹介する。「こども未来館ここにこ」で職業体験としてプロサーファーになろうという企画を立てて、最初の年は50人の定員に対して250人の申し込みがあった。同施設の職業体験イベントの中でも1番の人気になり、翌年から定員を倍の100人にして午前と午後の2回開催にした。この時は、アクアリーナを貸し切って水位を下げて子供たちでも足がつく深さで、スタッフみんなで協力して子供たちにサーフィンを体験してもらった。本当に子供たちは楽しそうで、ボードに乗って立ち、中には泳げない子がいたが、水泳が苦手という意識を克服するきっかけになったと聞いている。これを8年間続けてきて、3人ぐらいの中学生が選手として愛知県代表でサーフィンの大会に出場している。また豊川市の中学2年生のアマチュアのロングボードで女子グランドチャンピオンになった選手から、「この職業体験で初めてサーフィンをやったんですよ」という話を聞いた時は、やっていて良かったと心底思った。また、6月にプールサーフィンをやって、7月に実際に海に出てみようといった企画も行っていたが、今はできていないのでいつか再開したいと考えている。子供たち以外にもスポーツクラブのイベントなどで、60代・70代の方に向けたサップを体験するイベントも実施している。他に企業向けのサーフィン体験イベントなどもやっているが、今一番力を入れているのは豊橋市の市制110周年である2016年からスタートしたサーフィン大会である。これまで7回開催し、日本のアマチュアの連盟の公認の大会となって、北海道から沖縄までの小学生から60代まで選手が300人ほど集まって、全国各地で試合をしてポイントが高い選手から世界選手権の選考会に選ばれ、大きな大会の出場権が得られるといった試合会場のひとつになっており、地元企業に応援してもらいながら第7回目まで進んできている。パラサーフィンの選手の人と話をして、障碍児の無料サーフィン教室を合同で開催したりしていろいろな人に来てもらう形で実施している。ビーチに飾り付けをして、フラダンスショー、ヨガの体験会、サップヨガ、BMXの自転車体験、スケートボード体験など家族全員が楽しめるコンテンツを揃えることで海に来てもらえるような企画を常に考えている。毎年4月後半に実施しており、昨年が第7回で本来今年8回目を開催したいと考えていたが連盟との調整がつかず開催ができていない。今後調整がついて第8回を開催する際は、是非皆さんにも足を運んでいただきたいと思う。
他には、環境や防災にも力を入れている。小松原海岸近くに王寿園という特別養護老人ホームがある。東日本大震災の時に海の近くの介護施設が2階まで津波で被災したことを聞いて何とかする必要があると考えて働きかけを行い、王寿園と海岸利用者が連携した防災協定を結んでいる。1・2階の入所者を3・4階まで海岸利用者の若い力で運んでいく活動や、施設が孤立した場合に近くの避難所である小沢小学校に物資を取りにいったり、入所者を連れて小沢小学校までいったりする避難訓練を長期間続けている。サーファーは、サーフィンだけではなく環境や防災に力を入れており、寺沢海岸、小松原海岸、小島海岸それぞれ海岸に通じる道が1本しかないため、徒歩で避難できる別の避難路を作る活動をここ数年行っている。その避難路を知ってもらうために、上に展望デッキ作ったりしており、映えるポイントとして一般の方に興味を持ってもらうことを意識しながら、避難路の存在を知ってもらう形で取り組んでいる。
サーファーもそうであるが、コロナ禍以降海岸でバーベキューやキャンプを楽しむ人が多くなっており、そうした人たちの残していった炭でぼや騒ぎがここ2・3年立て続けに発生している。昨年は私が3回発見したが、消せない時は本当に山火事みたいな結構大きな火事になってしまった。こうしたところも今後サーファーだけではなくて海岸利用者全般に伝えて、ルールやマナーを教えてあげれたら良いと思っているが、外国人の方であったりもするため話がなかなか伝わらない場合もあり、言い方ひとつでトラブルにもなる可能性があるので難しい側面もあるが、気をつけながら海の活動を続けていきたいと考えている。
豊橋市110周年の市民提案イベントで、サップに乗って豊川の水面上から見る吉田城という企画を実施した。これは大人気のイベントとなっているが、そのきっかけはサップをやっているときに散歩していたおじいさんとおばあさんから声をかけてもらい、昔は吉田城近くの豊川に貸しボート屋さんがあって若者のデートコースになっており、お二人はそこで知り合ったとのことだった。これを聞いて、現代版にファミリーや若い世代が遊べるようなアクティビティの場になれば良いと思ってスタートした経緯がある。昔の吉田城の写真と同じ角度から撮影ができるといったことで現代版として楽しめることを伝えていきたいと思っている。
最後に、自然豊かなこの東三河で私はサーフィンのプロになり、本日はこうして皆さんに伝える機会もいただいた。子供たちや未来の選手たちに対して恩返しができたら良いと思って今後も活動を続けていく。