2026.04.02 第261回東三河午さん交流会
1.日 時
2026年4月2日(木)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム
3.講 師
フリーランス保育士 あそぼっ戦隊マサトージャー こと 中島 真人氏
テーマ
『フリーランス保育士って? ~仕事内容と子どものあそび~』
4.参加者
25名
講演要旨
マサトージャーは、豊橋市生まれの豊橋育ちであり、21年間市内の子ども園で勤務していたが、父親が亡くなる前に一緒にいる時間を過ごしたい!という思いからフリーランスへと転職した。現在は年間1,500人以上の子どもたちと250日あそびつくしている。10校以上へ「あそび講師」として出張したり、あそびのあれこれを伝える研修会講師を行ったりしている。こうして朝から常にあそんで、そこで価値を生み出しているといった感じである。
現在の仕事について話をする。保育士は、保育園や子ども園で働くイメージであると思うが、幼稚園で働く人を「幼稚園教諭」、子ども園で働く人を「保育教諭」と呼ぶ。他にも、放課後デイサービスや託児所などいろいろなところで保育士は活躍しているが、今、フリーランスの保育士が全国的にとても増えている。
フリーランス保育士は、「個人事業主として保育園や子ども園を掛け持ちで働く」「ベビーマッサージ」「運動教室」「せいさく教室」「保護者コーチング」「ベビーシッター」「保育系インフルエンサー」「研修講師」「オンライン販売」「執筆」など、多様な働き方をしている。これは保育業界だけでなく、多様な働き方という社会全体の流れかもしれない。
ここで、マサトージャーの具体的な仕事について話をする。 「実践講師業」として、豊橋市内外の保育園10ヵ園で「あそび講師」を務めている。30分から60分(年齢や人数に応じて)子どもたちと一緒に鬼ごっこやオリジナルあそびを繋げてあそび、子ども達には、もちろん、保育士にも、楽しさやその方法、理論などを伝えている。他にも、「のびるんdeすくーる」「芝生で親子運動あそび」「子育てプラザ主催親子あそび」「スポーツバイキング」「子ども園内サッカー教室」の講師なども務めている。
「研修会講師業」では、豊橋保育協会主催の「保育士向け研修会」、豊橋保育協会母の会連合会主催の「研修会」、豊橋西部福祉事業会の「職員研修会」などで登壇している。他にも、東京の白百合女子大学での「保育最前線祭」や、静岡、愛媛など全国でも講師活動をしている。そして、「豊橋合同保育研修会」を年3回自ら主催しており、次回は4月に「カリオンビル」で開催するが、定員50人に対し定員を大幅に超える現在70人ほど応募があり、愛知県内からの参加が40名以上、県外は、愛媛、大阪、東京、神奈川、お隣の静岡からも10名以上の保育士が学びに来てくれる。最近、勤め先の園での研修会に無料で参加するのみではなく、自らお金を払ってでも主体的に学びたいと考える保育士が増えていることを実感している。
父親から相続した豊橋市南大清水町の畑であった場所に、「Asobility Park(通称:あそぱー)」という子育て支援施設のような保育士が常駐するカフェを作った。室内は、あそぱーのロゴ色である濃いめのピンク・黄色・水色の3色を基調とした空間で、外には広い芝生や砂場、泥あそびができるスペースがある。 営業時間は、9時から14時までは親子カフェ「協う。~kanau。~」として、入園前の0歳から3歳くらいの子どもたちが、親子であそびを楽しんでいる。16時から19時30分までは「あそびの習いごと」の「あそび舎~ゆう~」として、土や芝生などのエリアで、子どもたちが自分で考えてあそぶ場を提供している。19時から21時までは「まなび舎『GAKUgaku』」として、保育士など子どもに関わる人の集いの場となっている。保育士は横の繋がりが意外と希薄であり、他園の状況を知らないため、その垣根を越えて対話できる場を目指している。カフェについて言うと2024年の実績は延べ人数で2,185名、925世帯の方々があそびに来てくれた。
「子どもたちと、子どもたちに関わる全ての人の居場所」になることを願い、作ったのが「あそぱー」である。「あそぱー」の理念は、「とにかく、あそぶ」「とことん、あそぶ」「あそびで培う生きていく力」である。このように、子どもたちと、子どもに関わる全ての人の居場所づくりをしている。
また、祝日などイベントを年50回程度主催している。全年齢対象としては、「絵の具イベント」「感触あそびイベント」「あそぱー園学校」などがある。小さな子向けは、「ベビーマッサージ」「手形アート」「リトミック」などがあり、大きな子向けは、「運動会」「チャンバライベント」「水の運動会イベント」「スケジューリングイベント」「お泊りイベント」などを開催している。家や園ではなかなかできないダイナミックなあそびをしていて、例えばプールの水に食紅で色をつけるだけで、子どもたちは大喜びで飛び込んでいる。また、様々な粉を使ったあそびやいろいろな素材を使ったあそびなど、五感をフル活用するような企画を考えている。
本日の配布資料の中に「ダイレクトファンディング」のご案内がある。「あそぱー」は5月で3年目になるが、「お母さんたちの負担をこれ以上増やしたくない」「もっと多くの人に利用してほしい」という想いから、この仕組みを始めた。物価高騰などで利用料金の値上げをせざるを得ない状況であったが、それでは負担が増えて、これまでのように来られなくなってしまう。そこで、地域の企業や個人の方にご支援いただき、その分を利用料に還元するという形である。例えば、「カフェ応援隊」のご支援をいただければ、100世帯の親子が半額でカフェを利用できるようになる仕組みとしている。
ここからは、「子どものあそび」について少し踏み込んだ話をする。「あそびは大切」とよく言われるが、「何が大切?」「何で大切?」について明確に答えられる人は、実は保育士の中でも少ないかもしれない。 そもそもあそびとは何か。私は「本能を土台とした自然な営み」だと捉えている。人間の三大欲求(食欲・睡眠欲・性欲)は「生命の維持」に直結しているが、あそびは「生き抜く力を育てる」「未来に必要な力を育む」本能である。 犬や猫も、狩りの練習やコミュニケーションのためにあそぶ。人間の子どもも同じで、あそびを通じて心、社会性、知恵を育んでいる。具体的な例を挙げると、「泥あそび」では、水を足すとどうなるかという「科学的思考」の芽生えがあり、道具の使い方や力加減による「因果関係」を理解し、「濡れる」「乾く」「固まる」「流れる」といった素材の性質の変化などは、「理科」[図工」「算数」「国語」「家庭科」といった小学校以降の学習の土台が詰まっている。また、五感をフル稼働させることによる「感覚統合」、思いっきり楽しむ「解放感、自由」、チャレンジし発見する「好奇心、探究心」、失敗しても、また楽しむ「柔軟性」などの「非認知の力」も育っていく。「ゲーム」も一概に悪ではなく、「空間認知」「手と目の協応」「情報処理能力や記憶力」「論理的思考」などが育ち、悔しさを乗り越える感情のコントロール、友人と協力するコミュニケーション能力、繰り返し挑戦する忍耐力、ミッションクリアによる達成感などが養われる。「あそびたい」という気持ちは本能的な欲求であり、学習に不可欠なものである。机に乗りたがる子がいたら、そこには必ず理由や欲求がある。それを否定するのではなく、欲求に応答的な受け答えをした上で、「でも乗るのは良くないよ」と伝えることが、子どもを認める関わり方である。
「あそぱー」の理念にある「あそびで培う生きていく力」を、子どもたちに伝えていきたい。「あそびの習いごと」をやりたくて「あそぱー」を作った。 広い芝生と土があるだけで、大したおもちゃはないため、小学生を対象とした「あそびの習いごと」では、子どもたちは最初「つまらない」と言うが、「いる場所」「あるもの」「いる時間」「いる人」から自分で選び、決めてどう楽しめるかという90分間である。ここでは、「主体性」が重要となる。1~2歳の子どもは「主体性」しかなく、とにかく何でもあそぶが、小学生になると受け身や人の意見に左右されることが多くなる。しかし、あそびも人生も自分で選ぶことが大切であり、どんな状況でも自分で「楽しい」を作り出せれば、生きていける。受け身ではなく主体的にあそぶことから、どう楽しむかを考えられる力を培ってほしいと思う。
子どもを飛行機に例えてあそびを解説する。「ボディ」は「心身の発達」として、「運動能力」「筋力」「健康な身体」「情緒の安定」「安心できる場所」と例えられる。あそびの中でしっかり体を動かして健康な「ボディ」を作っていく。そもそも、健康でなければ、満足するまであそぶことは難しくなる。「主翼」は「社会性の発達」として、「コミュニケーション能力」「ルールやマナー」「人との関わり」と例えられる。人と関わることで「主翼」が大きくなっていく。「尾翼」は「認知能力」として「問題解決能力」「記憶力」などと例えられ、これらがあそびを通じてバランスよく育つことで、真っ直ぐ飛べるようになる。「エンジン」は「探究心や創造力」として、「試行錯誤」や「チャレンジ」が例えられる。 ここでまだ飛び立てない子どももいるが、不足しているのは「燃料」としての「自己肯定感」である。母親や保育士から見守られている、認められているという実感がないと飛び立てない。
母親や保育士など私たち大人は「整備士」であり「空港」である。「整備士」として子どもの小さな変化やSOSに気づき、対応する日常的なメンテナンスをする。ただし、整備しすぎると自力で飛べなくなるので、適切な距離感が大切となる。
「空港」は「安心して戻れる場所」である。「管制塔」が見守り、「滑走路」はいつでも離着陸しやすい絶対的安心感を与え、疲れたら「格納庫」で休息し、充電する。「空港」は飛行機を追いかけず、いつでも安心して戻れる場所であり続けることが大切である。
「空港」として「見守る」ためには、「管制塔」である母親や家庭に「ゆとり」があることが絶対条件であるが、現状、母親たちにはゆとりがなく、自己肯定感が低下している傾向がある。母親たち自身が悪いわけではないのに、子育てでうまくいかないことを自分のせいにしてしまう。私が考える母親の自己肯定感が低い理由は3つある。1つ目は、「子育てに対価がないこと」。やって当たり前と思われ、24時間頑張っても報酬も褒め言葉もない。2つ目は、「正解がない不安」。SNSなどの過剰な情報と自分を比較し、暗闇を手探りで常に進んでいる感覚である。3つ目は、「自己決定権の喪失」。子どもの対応に追われ、「温かいうちにご飯が食べられない」「トイレに自由にいけない」。こうして、自分の人生の主導権を奪われた無力感を感じてしまう。母親の自己肯定感は、1人で作るものではなく、周りによって守られるべき「資産」である。 育児は価値ある労働であり、キャリアであるという「社会的な承認」が必要である。社会全体が、正当に育児を評価することが不足していると思う。
正当に育児を評価して、文化として母親たちの育児が認められることが理想である。なぜなら、母親にゆとりがないことで最終的に不利益を被るのは、子どもだからである。保育士は常に「子どもの最善の利益」を求める存在であり、そのためには、まず母親を守らなければならない。あそぼっ戦隊 マサト―ジャーは、子どもたちが明るい未来を生き抜いていけるよう、社会全体が手を取り合い、子どもを「未来の宝」として大切にする社会がいつか実現するように、これからも戦い続けていく。
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