2026.07.10 第263回東三河午さん交流会
1.日 時
2026年7月10日(金)11:30~13:00
2.場 所
ホテルアークリッシュ豊橋 4階 ザ・テラスルーム
3.講 師
(一社)東栄町観光まちづくり協会 統括マネージャー 伊藤 拓真氏
テーマ
『観光から「感耕」へ ―5年間の変化と、10年先を紡ぐ観光まちづくりの指針—』
4.参加者
30名
講演要旨
東栄町の人口は現在約2,500人、高齢化率は50%を超えている。東栄町といえば、豊かな自然を思い浮かべる人が多いと思うが、それだけではない。700年以上受け継がれてきた「花祭」が今も地域に根付いている。人口2,500人ほどの町であるが、10地区それぞれで祭りが受け継がれ、夜通し神楽を奉納する。鬼が登場したり、小さな子どもたちが舞を披露したりと、地域の人々が総出で支える祭りであり、言葉だけでは伝えきれない魅力がある。
また最近は、移住や新しい挑戦が次々と生まれているまちとしても注目されている。2018年から、私たちは「東栄ごはんBOOK」という冊子を毎年発行している。東栄町観光まちづくり協会が設立された翌年から続けている町内の飲食店を紹介するガイドブックである。創刊時には22店舗を掲載していたが、約9年経った現在は35店舗まで増えた。毎年1店舗以上のペースで新しい店が誕生しており、中山間地域では非常に珍しいと考えている。
こうした東栄町で、私たちは「東栄町観光まちづくり協会」という組織を運営している。「観光協会」ではなく、「まちづくり」という言葉を付けていることに意味があり、それを中心に置いている。現在は一般社団法人として活動しているが、行政でも民間でもない中間的な立場に立ち、行政と民間、町内と町外、人と人をつなぐ役割を担っている。それぞれを結び付け、新しい取組が生まれるきっかけをつくることが私たちの役割である。
東栄町観光まちづくり協会は2017年4月、任意団体としてスタートし、観光をテーマに地域の人々が力を合わせ、民間主体でまちを盛り上げる組織を作れないかという想いから設立され、2023年には一般社団法人となった。法人化にあたりあらためて掲げたミッションは、「新しいものをつくること」ではなく、「東栄町がもともと持っている力を引き出すこと」である。地域の魅力や可能性を見つけ、つなぎ、地域の底力を引き出していくことが私たちの役割であると考えている。現在の理事には、町内のNPO法人や民間企業、個人事業主、商工会などで長年活動してきた人々に参画いただいている。スタッフは現在6名、うち常勤職員は3名である。1名は東栄町役場から派遣されており、決して大きな組織ではないが、パートスタッフや町内外の多くの人々の協力を得ながら活動している。
私たちの活動は、「まちを知る」「まちを巡る」「まちを育む」という大きく三つに分かれている。まず「まちを知る」取組として、情報発信やデザイン制作を行っている。以前は、東栄町の情報をまとめて見られるホームページが存在しなかった。そこで立ち上げたのが「東栄町のじかん」という情報サイトである。町内の店やイベント情報、お知らせなどを掲載し、現在はデザインも一新して運営している。その他にもフリーペーパーの発行、観光イベントでのPR活動、町内事業者のパンフレット制作やSNS運営の支援など、情報発信に関わるさまざまな取組を行っている。最近では、「まちの編集部」という取組も始めた。ライティングや写真撮影、編集に興味を持つ町民が参加し、それぞれの視点で東栄町の魅力を発信する仕組みである。私たちだけでは伝えきれないまちの魅力を、より多くの人が主体となり発信できる体制づくりを進めている。
次に、「まちを巡る」取組について紹介する。私たちは7~8年前から、自転車を活用したまち巡りにも取り組んでいる。きっかけは、自転車が好きなメンバーが「東栄町の魅力は自転車だからこそ味わえるのではないか」と話していたことであった。まずは自分たちが楽しむところから始まり、それを少しずつ事業として発展させてきた。現在は、東栄町にある何気ない地域資源を自転車で巡るガイドツアーやレンタサイクル事業を運営している。
また、私たちが直接運営している拠点施設として、「まちの縁側 ぽたび」がある。2年前の4月にオープンした施設で、まちの中心部にあった空き店舗を改装した。現在は週末限定でドーナツを販売しているほか、レンタサイクルの受付や喫茶スペース、観光案内所として年間およそ2,500人が利用している。イベントへの出店なども行いながら、ドーナツをきっかけに東栄町を訪れ、スタッフとの会話を通してまちの魅力を知り、さらにまちを巡ってもらうことを大切にしている。
「まちを育む」として、私たちが目指しているのは、あくまでも「まちづくり」である。根底にあるのは、「地域の暮らしを未来へつないでいくこと」だと考えており、そのために観光をどう活かしていくかが、私たちの活動の根幹となっている。まち全体に広く人を呼び込むのではなく、歩いたり巡ったりできる範囲を丁寧に案内することで、地域との関わりを深めてもらうことを大切にしている。こうした活動を続ける中で、最近あらためて感じていることがある。それは、「これまでの観光」という考え方を一度リセットしても良いのではないかということである。観光では、「良いものがあるから、もっと知ってもらわなければ」「より多くの人に届けるにはどうしたら良いか」などと考えがちであるが、それが本当に私たちの目指す姿なのかと自問するようになった。もちろん、地域の暮らしを支えていくためには、外から人が訪れてくださることは必要である。しかし重要なのは人数ではなく、その地域の価値や魅力を理解し、共感してくださる方に来ていただくことである。東栄町を訪れていただくことは大切だが、単に「見て帰る」「消費して帰る」のではなく、この地域で人との関係を育み、「こういう暮らし方は良い」と共感してくださる方を増やすといった新しい観光のあり方へ転換していく必要があると考えている。そのためには、このまちでどのような暮らしが営まれ、どのような人たちが暮らしているのかという日常そのものを知っていただくことが大切である。そして外から訪れた方だけでなく、地域に住む人自身も、その価値をあらためて認識することが重要である。
ここで大切にしたいのは、「お客様」を増やすのではなく、一緒に地域をつくり、一緒に楽しんでくれる「仲間」を増やしていくという考え方である。この考え方を形にしていくために、東栄町が商標登録している「ビューティツーリズム」という言葉をもう一度見直している。東栄町には、日本で唯一採れる鉱物「セリサイト」があり、それが化粧品の原料になることから、化粧品づくり体験などをきっかけに「ビューティツーリズム」という言葉が生まれた。当初は観光振興の切り札と考えられていたが、私たちはこの言葉を、これからの新しい観光の考え方を表す言葉として育て直せないかと考えている。そのためにも、「東栄町が本当に残したい未来とは何か」「東栄町らしさとは何か」を、まちの皆さんと一緒に言葉にしていく取組を進めている。普段の暮らしの中にある何気ない価値を丁寧に言語化し、「これこそが東栄町の大切な魅力である」ということを共有し、未来へつないでいきたいと考えている。
私たちが大切にしているキーワードが、「観光」から「感じる」「耕す」という「感耕」への価値観の転換である。具体的にどのように進めていくのかは正直なところ私たち自身もまだ試行錯誤の途中であるが、地域の事業者や住民の皆さんと数多く対話する場を設け、「東栄町で本当に残したいものは何か」ということを、皆さんと話し合っている。会議室で考えているだけでは、本当に大切なものはなかなか見えてこない。そこで実際に地域を歩き、地域の良いものや素敵な人、魅力的な取組に触れ、訪れる人と地域の人が一緒に体験する中で、「これは東栄町らしい」と言葉にしていく取組を今年度から進めている。特別な観光資源でなくても、思いを持って関わる人がいて、日常の暮らしの中にある何気ないものが地域の宝になっていく。それは、まだまちの中に数多く眠っているのではないかと思っており、その価値を言語化にしていくことが、私たちの大きなテーマである。
観光をきっかけに地域を知り、その先で交流が生まれ、さらに深く関わる人となり、やがて移住や地域活動へとつながっていく。そうして地域の仲間になってくださる方が増えていくことが理想である。観光や交流だけで終わるのではなく、その先の暮らしまで関係性を育てていくことを意識した取組を増やしていけば、単に人数を集めるイベントではなく、目的の明確な観光まちづくりが実現できるのではないかと考えている。令和8年度は、その考え方を「ビューティツーリズム」という言葉の中にしっかりと整理し、地域の皆さんと議論を重ねながら、東栄町らしい価値を言語化していくことに力を入れていく。
自転車を活用したガイドツアーの発展形として、「集落図鑑」という新しい取組も始めている。町全体ではなく、集落に焦点を当て、その地域を深く知るプログラムである。これまで観光では訪れることのなかった集落へ外から人を案内することで、地域の人自身も「外から見ると、こんなところが面白いのか」と新たな発見をする。単なる観光ツアーではなく、地域の皆さんと一緒に宝探しをするような取組として、少しずつ広げている。この発想のきっかけとなったのが、ベトナム中部の少数民族の村との交流であった。私たちは5日間で5~6つの村を訪問したが、それぞれの村では住民一人ひとりが役割を持ち、観光客を迎え入れていた。そこでは、観光客は単なる「お客様」ではない。自分たちの暮らしを認め、その魅力を見つけてくれる「仲間」として迎えられていた。そこで、「ひとつの村」という単位で訪れるからこそ、それぞれの地域らしさが見えてくることに気がついた。この考え方を東栄町にもそのまま活かせるのではないかと思い、「集落図鑑」という取組を始めた。「集落図鑑」の取組を通じて目指しているのは、地域の皆さん自身が地域の魅力に気づいていくことである。同時に、外から訪れる方にも、この地域の暮らし方や考え方、人そのもののファンになっていただき、そうした「仲間」を少しずつ増やしていきたいと考えている。
これまでは、集落のさまざまな困りごとについて、「行政にお願いして解決してもらう」という考え方が中心だったように思うが、自分たちで外から人を迎え入れ、新しい関係をつくることで、自分たちの課題を解決していく道もあると地域の皆さんに感じてもらえたらと考えている。「集落図鑑」は単なる観光ではなく、地域をより良くしていくために、新しいアイデアや視点を持ってきてくれる「仲間」を迎え入れる取組にしたいと考えている。
ここまで東栄町観光まちづくり協会の活動を紹介してきたが、「考え方は分かるが、本当にそんなにうまくいくのだろうか」と思われる方もいるかもしれない。私自身も、必ずうまくいくという確信があるわけではない。だからこそ、地域全体の取組だけではなく、自分自身が一人の人間として実践できることを形にしたいと思い、数年前から取り組み始めたことがある。今年4月に、町内の空き家を活用して「まちの図書室あづまや」をオープンした。これは東栄町観光まちづくり協会の事業ではなく、私と妻が個人で立ち上げた会社が運営している施設である。場所は、私たちが運営している「ぽたび」と同じ旧商店街にある。図書室という名前だが、本を管理人が集めて並べる一般的な図書館ではない。棚ごとにオーナーがいて、みんなでつくり上げる「シェア型の私設図書室」という仕組みである。一つひとつの本棚にオーナーを募集し、利用料をいただきながら、それぞれが自分の好きな本や紹介したい本を並べている。本だけでなく、自分が作ったものや販売したいものを置くこともできる。さらに、この図書室には「お店番」という仕組みがある。棚のオーナーは月に1回程度、自分の担当日に図書室を開け、自分のお店のように自由に使うことができる。「いきなり自分でお店を始めるのは難しいが、月に1日ならやってみたい」といった方が実際に利用している。そのため、決まった営業時間はなく、それぞれのオーナーがお店番をする日が営業日となっている。また、建物の奥は長屋のような造りになっており、この7月からは「お試し移住」ができるスペースとしても活用を始めた。図書室だけでなく、地域に人が集まり、新しい挑戦が生まれる拠点として複合的に活用している。現在は棚のオーナーが30名を超え、その半分ほどは町内の方だが、浜松や豊橋、名古屋、豊田など、町外から参加してくださる方も数多くいる。以前は「お客様」だった人が、今では利用料を払って自分の場所を持ち、自ら東栄町の魅力を発信する当事者となっている。その姿を見ていて、私たちが目指している「仲間を増やす」という考え方は、決して理想論ではなく、実現できる可能性があると手応えを感じている。
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