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産学官民交流事業

2023.05.16 第463回東三河産学官交流サロン

1.日 時

2023年5月16日(火)18時00分~20時30分

2.場 所

ホテルアークリッシュ豊橋 5F ザ・グレイス

3.講師①

愛知大学 文学部 人文社会学科 教授 土屋 葉 氏

  テーマ

『「障害」は「かれら」の問題なのか~「障害の社会モデル」から考える「わたしたち」の社会~』

  講師②

西日本電信電話(株) 総務人事部 ESG推進室 ダイバーシティ推進担当 担当課長 甲斐 由記 氏

  テーマ

『NTT西日本グループにおけるD&I(多様性と一体性)推進~一人ひとりが “自分らしく”チャレンジできる会社づくり~』

4.参加者

52名(内、オンライン参加者 5名)

講演要旨①

 多様性を前提としたインクルーシブな社会、とくに障害のある方々を含めたインクルーシブな社会について考える際の、理論的な土台についてお話させていただく。
 私たちの周りには、さまざまな心身の状態の人がいる。かつては「盲者」、「聾者」、「不具」、「躄」、「癲癇」、「白痴」などと呼ばれていた人たちが、なぜ「障害者」というカテゴリーに一括りにされるようになったのか。
 少し回り道のようだが、まず、近代社会と障害者カテゴリーの成立について述べる。私たちが暮らす近代市民社会とは、自らの労働力を交換することによって必要な財を得る社会であり、市民の要件は「自立」していることである。「自立」とは、「自助」(経済的・身体的援助を受けない)と「自律」(他の支配を受けない)である。ところが、近代市民社会には、すべての市民が「自立」し、労働により財の分配を得られるわけではないという分配のジレンマがある。社会は特定の層を救済するシステムを準備しており、労働力の交換による分配システムのほか、私的扶養によるニーズに基づく分配システム、私的扶養が受けられない者を対象とした社会的扶養による分配システムがある。こうした二重の分配システムにより、私たちの社会は成立している。「自立」を可能にするための政策としては、予防のための保険医療サービス、傷痍軍人への補償、「自立」をするための学校校育・職業教育等、私的扶養を補完するための児童手当等のシステムがあるが、これらでも救われない人たちを“「自立」社会の失敗コスト”として社会の中で残余的で消極的に救う(ナショナル・ミニマム)というのが、基本的には福祉国家の在り方である。どの先進国でも必ずこうした福祉的な施策を準備している。
 国家としては「自立」社会の失敗コストとしての、援助を受ける特定の層を措定する必要があり、社会の規格外として「障害者」カテゴリーを誕生させることによって、この福祉システムを機能させている。つまり、近代市民社会において、「自立」を求められないもの、「保護を受ける資格」を与える対象として、「障害者」カテゴリーが誕生したのである。この正当化の装置として医療専門家による判断がある。
 比較的新しい学問である障害学は、こうした「医療」に基づく障害のモデルに対し、社会モデルを新たに提唱した。ディスアビリティの個人モデル(医療モデル・医学モデル)は、社会的不利を、身体機能の障害や能力障害といった医学的原因へ還元してとらえる考え方であり、それに対してディスアビリティの社会モデルは、個人的な身体にあるのではなく社会構造や社会関係にあるととらえる考え方である。
 2013年に「障害者差別解消法」が制定された。2024年4月からは、行政機関だけでなく民間事業者に対しても、障害のある人に「合理的配慮(必要かつ適当な変更及び調整)」を提供することが義務化される。例としては、試験等における点字受験・時間延長、職場における環境整備・段差の解消・通訳者の配置などが挙げられる。合理的な配慮は「特別な配慮ではないか?」と言われることがある。石川 准氏(静岡県立大学名誉教授)は「配慮の平等」という考え方について、次のように述べている「多くの人は『健常者は配慮を必要としない人、障害者は特別な配慮を必要とする人』と考えている。しかし、『健常者は配慮されている人、障害者は配慮されていない人』というようには言えないだろうか。多数者への配慮は当然のこととされ配慮とは言われないが、少数者への配慮は特別なこととして意識される」。必要な人に必要な配慮が届くと、みんなが同じ状態になる、つまり、スタートラインを同じにするための配慮が、合理的配慮だということになる。
 東三河地域である愛知県豊橋市に「久遠チョコレート」がある。2022年には、東海テレビ放送制作のドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』が上映され、ご存知の方も多いと思う。代表の夏目浩二氏は元々障害者の雇用に高い関心をお持ちで、「障害者のあまりにも低い賃金、仕方なくないよ」、「頑張れば、障害は乗り越えられる」と、花園商店街にてパン工房を営んでいた。2013年にチョコレートと出会い、その製造工程や失敗しても溶かすことができる素材に着目し、「それぞれの特性を活かす。一人がひとつのプロになる」を掲げ「久遠チョコレート」事業を立ち上げた。主に障害のある方を雇用し、全国展開するまでに成長を遂げている。さらに、2021年からは重度な行動障害のある人を雇う「パウダーラボ」をオープンし、多様な人達と一緒になって働くという試みも行っている。夏目氏はこの試みを「一部の人が頑張ることじゃない」と位置づけており、個人の「頑張り」のみに期待するのではなく、社会のルール自体の変更を模索しているようにみえる。私はこれがまさに社会モデルであると思っている。
 障害は「社会的障壁」であり、それを解消するためには「社会的障壁」を取り除くことが必要である。そして、この解消の責任を負うのは障害のある人や支援する人ではなく、「社会」である。障害者の経験する困難は、マジョリティである非障害者とマイノリティである障害者との間の「権力」と「特権」の非対称な配分によって生じる問題である。従って、マジョリティ側である「わたしたち」の問題としてとらえないと、社会として問題は解消されないことになる。
 私たちの社会は、これまでは健常者に合わせて社会のルールが設定されていたが、それをまず認識し、ルールを変更していくことにより、近代市民社会のジレンマを超えていくことが、今求められている。

講演要旨②

 私は、女性/障がい者など多様な人材の活躍推進、社員エンゲージメント強化、キャリアデザイン施策などの仕事を行っている。
 D&Iとは、「Diversity & Inclusion」(ダイバーシティ&インクルージョン)の頭文字を取っている。弊社では「多様性&一体性」と名付けており、多様な人の存在を認め、受容し、活かすことである。多様な人材を活かし、その能力を最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげていく経営であり、大変革の時代を生き残るための重要な経営戦略と位置付けている。
 なぜ、ダイバーシティ&インクルージョンが大切なのかというと、誰もが働きやすい職場をつくるうえで確実なステップとなるからである。その背景は、少子高齢化による生産年齢人口が減少すること、VUCAという予測がつかない変化の激しい時代であること、健康寿命も伸び、長く仕事をする必要があり、それぞれの事情や負担を抱えて働かざるをえない少数派の人々が増加することなど挙げられる。さまざまな事情を抱えた人々が、やりがいを感じながら長く働き続け、かつ、幸せな人生を歩むために必要なもの、そして会社/社会を発展させるのに必要なものがダイバーシティ&インクルージョンだと考えている。外面の多様性(違い)により培われる「内面の多様性」こそ、新たな価値創造やイノベーションの源泉であり、ダイバーシティはマイノリティのためのものではなく、全員に関わる経営戦略である。
 ダイバーシティが業績に与える効果は、経済産業省の資料では、多様性を含む企業は、そうでない企業に比べて、優れた業績を達成する確率が高い傾向がある。さらに、モルガンスタンレーのデータでは、女性活躍が進んだ企業のほうが、株価がより上昇するというエビデンスも出ている。しかし、日本は他国と比べると管理職・役員に占める女性比率が低く、人口の半数を占める女性が管理職には1割程度しかいない。また、2022年のジェンダーギャップ指数(男女平等の度合い)は、日本は世界116位、主要7ヶ国(G7)最下位である。特に、教育・健康面は良いが、政治・経済面は大きく遅れをとっており、危機的な状況である。
 こうした状況を弊社は重く捉え、D&I推進を中長期的な会社の発展に資する非常に重要な取り組みとして位置付け、『「ちがい」を価値として一人ひとりが“自分らしく”チャレンジできる会社づくり』をビジョンとして掲げている。多様な人材の活躍、それを支える多様な働き方の実現、組織風土作りにそれぞれ取り組んでいる。D&Iにおける女性活躍/多様な働き方実現の主な取組みは、①出産休暇・育児休暇(こどもが満3歳までの育児休職、出生後4週間の男性育児休暇推奨)、②育児のための勤務時間短縮制度(こどもが小学校3年生までの時短勤務など)、③女性リーダー育成(自律的なキャリアアップへの意識醸成など)、④リモートワーク/フレックス推進(回数上限なし、手当支給、自宅をオフィスとするリモートスタンダード組織設置など)、⑤社内ダブルワーク(社員が自ら応募し、稼働の20%(週1日)を費やして本来業務以外に従事)、⑥D&I理解醸成に向けたセミナー(年間10回程度)、⑦キャリア相談窓口(国家資格キャリアコンサルタントを保有する社員による相談窓口設置)がある。
 弊社のそもそもの働き方は、「ワークインライフ」という考え方である。仕事とそれ以外の生活を切り分けてバランスをとる「ワークライフバランス」とは異なり、生活や人生の中に仕事があり、自身の働き方を選択・設計可能とする、自身が送りたい人生をデザインできるというものである。その中で、場所に縛られず、時間にとらわれない、多様で自律的な働き方を実現していくというビジョンを掲げている。多様な働き方を実現する制度変更としては、在宅勤務(回数制限あり)をリモートワーク(回数制限なし)へ、通勤費(固定払い)を通勤費(実費払い)へ、在宅勤務時の手当無をリモートワーク手当の新設へ、フレックス(コアタイム有)をスーパーフレックス(コアタイム無)へ、がある。
 特に、「遠隔地からのリモートワーク型勤務」を導入したことで、さまざまな業務の機会を創出し、異動が困難でも他の地域や本社の業務にチャレンジできることになった。NTT西日本グループで多くの社員が実施中であるが、業務実施状況、コミュニケーション・連携状況、環境面などは全く違和感がなく「問題なし」という声がほとんどである。若干、健康状況(心身面)について、運動不足やイベント等に参加できないための孤独感などを感じるなどの意見がある。勤務者からの声として、オンボーディング時は出社回数を多めにする、勝負時はメンバーと一緒に出社するなどハイブリッドな働き方で対応する、コミュニケーションは電話やデジタルツールをフル活用して自分から行う、健康面については自己管理や内発的モチベーションを意識する、などがある。また、自らのキャリアや経験を積み「社員のやりたい」を叶える機会を創出する制度として「社内ダブルワーク」を導入している。これは、就業時間の20%の範囲内(週1回程度)で別の仕事を行う機会を許可するものである。社員が起点となってチャレンジするものであり、新しい知識・スキルの習得、視野・人脈拡大というメリットとともに、個人・会社の成長の機会となる。
 私は、スーパーフレックス・リモートスタンダードで働いている。業務については、ストレスなく仕事を精一杯やれており、研修等にも多く参加し、中長期的なキャリア形成ができている。プライベートについては、家族団らんに満足しており、家事も夫と半々で家庭内で冗長化でき、リスクに強くなっている。自己研鑽については、自主勉強、地域貢献など、充実したものとなっており、自分の未来が拡がった。キャリア理論家のサニー・ハンセンの「ライフキャリアの4L」という理論がある。Learning(学習)、Love(愛)、Leisure(余暇)、Labor(仕事)のさまざまな役割が組み合わさって、人生を有意義な全体として織り上げるというものであり、柔軟な働き方により人生が充実し、仕事への活力、貢献が倍増する。多様で自律的な働き方を促進し、「ちがいを価値」として捉え、誰もが「自分らしく」チャレンジできる生き生きとした会社にしていきたいと考えている。
 最後に、D&I、特にインクルージョンすることの重要性を理解し、しっかり自分のこととして社員に捉えてほしいという想いで作ったビデオを紹介させていただく。一般社員から役員まで、さまざまな役職、年齢、性別、考え方の社員が、自分が受け入れられなかった経験というものを自己開示してくれながら作ったビデオである。社内で好評だったので、社外用にリメイクしたものを7月公開予定なので、是非ご覧ください。