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産学官民交流事業

2024.02.20 第472回東三河産学官交流サロン

1.日 時

2024年2月20日(火)18時00分~20時30分

2.場 所

ホテルアークリッシュ豊橋 5F ザ・グレイス

3.講師①

農林水産省 東海農政局長 森 重樹 氏

  テーマ

『食料・農業・農村基本法の見直しに向けて』

  講師②

豊橋技術科学大学 電気・電子情報工学系 教授 田村 昌也 氏

  テーマ

『水中でのワイヤレス給電』

  参加者

  56名(オンライン参加者7名含む)

講演要旨①
 ご紹介いただいたように、これまで農林水産省で30年余り仕事をしてきた。係長の時代には土地利用規制の仕事、農地の利用の仕事、課長補佐の時代には、安全な食品をどう作るかとか、家畜衛生や植物の病気の関係の制度の仕事、課長の時代には東日本大震災の復興、これは政府全体のまとめ役のような仕事であったが、牛乳、乳製品の関係の仕事、また官房で人事の担当もしていた。前職は林野庁に2年間おり、カーボンニュートラル2050年というような時代背景の中でカーボンクレジットの仕組みの見直しなどもしていた。7月から現在の部署に着任しており、本日は食料・農業・農村基本法の見直しについて話をする。
 まず今回の改正の背景として、歴史を振り返ると1961年に制定された農業基本法がある。この法律は、我が国が高度成長を遂げていく中で、農業と他産業の間の生産性や生活水準の格差を是正すること、農業の発展を主たる目的として作られたものである。その後30年が経過して、我が国は世界有数の経済大国になった。こうした一方で、ウルグアイラウンドに代表されるように国際化が求められ、農政の枠組みの見直しが行われて1999年に食料・農業・農村基本法という形で、政策体系を新たにした。この時には農業の発展が基本であるが、それを通じて国民の食料安定供給の確保、また農業が持つ多面的機能を十分に発揮していくこと、これを通じて農村の振興を図っていくというように、政策の視点を少し広げて政策体系を整備した。
 こうしたことを経て、また時代は動いてきたところから話をする。ウクライナにロシアが侵攻したことなどを背景に、世界の食料供給については非常に不安定な状況に変化している。また、世界の人口は1999年から2020年まで20億人増え80億人を突破している。人口が増えるということは、つまり食べる人が増えていくということである。一方で生産は地球環境問題もあり、農地を闇雲に増やせるわけではなく、異常気象ということもあり、生産が不安定になるというようなことも起きている。穀物の価格の推移を見ると、2008年頃と2022年頃に高騰して2つ大きなピークとなっている。このように何倍にも穀物の価格が上がるということが現に起きている。人が生きていく上で食べ物は欠かせないため、食べられないかもしれないとなると急に高騰するのである。しかも平均的な価格のベースの部分についても2000年代の初めの頃、2010年代と最近を比較すると、ベースも上昇傾向であり、食料供給については必ずしも安泰ではない時代となりつつある。また、食料生産に必要な肥料の価格について、肥料の原料はリン酸や加里などが重要であるが、日本はほとんど輸入に頼っており、いかに国内の資源を利用していくかが重要な課題である。
 中国やインドといった新興国が経済発展し、先般も、日本のGDPがドイツに抜かれたという記事が話題になった。1人当たりGDPについて、1998年に日本は世界の9位だったが、2020年には13位、そして2027年には16位になると予想され、世界における日本の地位が低下している。人口が多い中国などの新興国が豊かになってくると、肉が多く食べられるようになり、飼料として穀物も多く消費されるようになるといったことも影響している。
 もうひとつ貿易で見てみると、1998年は日本が世界最大の農産物の純輸入国で、プライスメーカー的な地位であった。日本が一番多く、経済発展で稼いだお金で世界中から食べ物を買っていた。それから購入量はそれ程下がっていないが、2021年になると中国が世界の純輸入の3割を占める国として台頭してきた。人口の多い国がたくさん輸入するようになり、しかも経済力もついてきた。買い負けという言葉があるが、日本の輸入商社が外国から穀物などを買おうとした場合に中国と競合する。中国は人口を背景としたボリュームがあり、ロットをたくさん買ってくれる国が値段もそこそこつけてくると太刀打ちできない。世界の食料消費における中国の割合がどんどん伸びているということで、日本が経済大国で食料を自由に買えた時代は終わりつつある。
 こうした中で、国民への食料安定供給が重要である。食料安全保障という考え方については、少し時代の変化もある。これまで日本は世界有数の経済大国であったため、国民に安定供給をすれば安全保障が実現するということが自明の理のように考えられていたが、そうした時代ではなくなってきている。例えば物流の2024年問題はよくいわれているが、食品を買いたくてもお店が近くにないといった問題が出てきている。食料品アクセス困難人口ということで、従来は地方圏において近くのお店が閉まってしまい最寄り店舗が遠いという話が多かったが、最近では3大都市圏においてもこうした食品のアクセスに困難がある人口が増えてきており、全国的な問題になっている。要するに、食料があっても届けられなければ食べられないということである。加えて貧困の問題もある。所得金額階級別世帯の分布を見ると、1997年と比較すると2018年は所得が200万円から400万円までの層が増えている。必ずしも豊かではない世帯の数が増えているという中で、例えばシングルマザーのお子さんが十分な食事が摂れないといった話も出てきており、フードバンクの活動なども活発になっている。すなわちマクロとして安定供給があっても、国民一人ひとりへの安定供給や安全保証につながらない面があるということが意識される事態になっている。
 一方、農業生産の方に影響するマーケットについてであるが、我が国は人口減少により国内市場は縮小していく。縮小するマーケットへの供給に対しては、投資も難しく成長は図れないということになるため、世界に目を向けなければならないということである。世界の人口はまだ増加しており、国際的な食マーケットも拡大していく。一方、日本の輸出割合はまだまだ低いが、高品質で良い農産物を作っているため、それが世界で評価されていないのはもったいないという状況である。諸外国と比較して、我が国の農産物の輸出向けの割合は、非常に低く2%である。これをもう少し伸ばせるのではないかということで、農林水産物の輸出は2019年に9,000億円程度であったが、これを2030年に5兆円に伸ばそうという目標を持って取り組んでいる。昨年は1兆4,541億円となり、順調に伸びてきている。去年は中国が処理水の放出の問題で水産物の輸入規制を実施したが、そうした環境下でも輸出を伸ばせている。まだポテンシャルがあるということで、国内農業の発展という中で輸出マーケットも視野に入れた展開を図っていく必要があると考えている。
 一方、生産の担い手の話として農業に従事する人はこの20年間で240万人から123万人へと約半分になった。このままいくと20年後には30万人になるだろうといわれている。現在農業に従事している方の年齢を見ると、60代とか70代以上が圧倒的に多い。もちろん若い人が農業に入ってくるように様々な支援を行っているが、他の産業と人材の獲得競争もあって進んでいない。また、農業生産をもっと効率的にやっていかなければならないという課題がある。こうした中で非常に重要になるのが、法人経営である。今、農業法人の数が増えてきてはいるが、法人の経営基盤が脆弱である。借入金への依存度が高く自己資本比率も低いため、法人の資本を厚くしていくことが非常に重要である。農家としては、子どもの様々な人生の選択もあり、農業を必ずしてもらうというのが難しいかもしれないが、一方、都会でも農業や自然に関心のある子どもがいる。こうした子どもが成長し、法人に雇用されて就農する形が作られていくともう少し幅広く人を集めることができるようになる。そして、法人の中で作業や経営を覚えて次世代を担っていくという方向性が農政としては大事と考えている。こうした意味で法人の経営基盤を強化することが今後の大きな課題と思っている。さらにそうした法人において、スマート農業などの新しい技術を活用して効率的な事業が進められていくことが重要である。
 農業自体の発展戦略の中で、考えておかなければいけないのが、環境の問題である。農業については、従来から多面的機能ということで、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の継承等様々な農業生産以外の役割や機能があるということがこれまでいわれてきた。今日は、それがSDGsというような枠組みの中で、改めて位置付け直されている。このSDGsの3つのバームクーヘンの一番ベースとなるのは、生物圏、自然資本である。自然の中で人間が自然の恵みを活かしていく。その上に社会・経済が成り立っていく。こうしたことをSDGsは発想として持っているが、自然資本を上手に利用して人間が活動できるようにしていく、これがまさに農林水産業である第1次産業の役割である。この部分の重要性というのは、社会のベースになる部分である。こうした観点からも農業と環境の関わりが注目されている。ただし、気をつけなければいけないことがある。トラクターで石油を燃やして作物を作る、肥料や農薬も使うというように、農業自体が環境に負荷をかけている部分があるということを直視しなければならない。例えば温室効果ガスについて、日本の総排出量に占める農林水産分野の割合は小さく5,000万トン程度であり、燃料を燃やして発生するものがおよそ3分の1、他に田んぼから発生するもの、牛などの家畜の消化管内発酵で発生するものなどがある。こうしたものをいかに減らしていくかが重要である。5,000万トンがどれくらいのボリュームかというと、日本の森林が吸収しているCO2が4,000万トン程であり、森林が吸収しているCO2よりも農林水産分野が排出しているCO2の方が多いのである。
 こうした中着目されているのが有機農業であるが、日本はまだ取組面積は小さく、世界の中でも少ない方である。寒暖差、降水量、害虫、雑草なども多く難しいところであるが、技術開発を進め取り組まれており、今25,000haくらいとなっている。消費者の方々の評価も得ながら、もっと増やしていけないかと取り組んでいる。いずれにせよ環境に優しい農産物を消費者の方に選んでいただけるような取組が重要と考えており、「みどりの食糧システム戦略」という目標を立てて取り組んでいる。
 次に農村の話をする。農業が行われる場として農村がある。田原や豊橋のように日本有数の農業産出額を誇る地域がある一方で、奥三河のように山の中の狭量な田んぼで稲作を行っているような中山間地域、棚田のようなところで農業が行われている地域もある。奥三河でかん養された水源が下流の豊川用水になって下流の地域を潤していて、地域全体で成り立っているという相互依存関係があるわけであるが、特に上流部の地域の過疎地域で人口減少が急速に進むことが懸念されている。過疎地域における人口減少は、従来は社会減ということで、各地域から都会に人が出ていくことによって人口が減少していたのであるが、近年は、亡くなる方が生まれる方の数よりも多いという自然減が人口減少の大きな要因になっており、こうした意味で非常に難しい事態となっている。これが進むとどうなるかであるが、農村の農業用水を守る、祭りを続ける、農地を守っていくという様々な活動は、農村の集落の中で行われてきたが、農家の戸数が9戸以下の集落では集落活動が急激に低下していくというデータがある。これから山間地域や中間地域で9戸以下の農業集落が増えていくため、まさに農業集落の機能が著しく低下していくことが懸念される時代になっている。
 これに対する答えとしては、やはり、移住や関係人口として都会から遊びに来てくれる人、そうした人との関わり合いの中で農村人口が減っていくことの影響を緩和するとか、農家以外の人に集落の活動に入ってもらうといった形でカバーしていかないといけないと考えている。農業だけで物事を考えるというより、地域全体で活動するという発想が重要になってくる。
 こうしたことを背景に基本法の改正を行っていこうということであるが、この通常国会に基本法の改正案を出そうとしている。その柱は4つである。平時から国民一人ひとりに食料が安定的に供給されるような世界を作っていくという食料の安全保障の強化といった発想に転換し、施策を組みなおしていこうということである。例えば食料不足のような事態が起こったときには、この間のコロナの時もそうであったが、農林水産省だけでは問題解決できない。国全体で内閣中心に対応していく新しい枠組みを作っていこうとしている。食料を国民一人ひとりに届けていくために、サプライチェーンとして生産者、流通加工に携わる人、そして消費する人が一連のつながりを作っていく必要があるが、それぞれの活動にはコストが発生する。それをきちんとすべての人に理解いただき、生産者も流通加工業者も、そして消費者も皆が納得する価格形成ができるような環境の検討も進めていく。2つ目の論点はスマート農業である。本格的な人口減少の中で農業を効率的に進めていく必要がある。豊橋技術科学大学にも協力いただいているが、スマート農業技術を進めていき、さらに効率的な農業で少ない人でも農地が守れるようにしていく。3つ目は農林水産物の輸出促進ということでマーケットを国外にもシェアを拡げて普段、輸出のために生産していても、いざというときには国内向けに振り替えることができるような、輸出も含めた農業生産基盤の維持と食料安全保障の両立を進めていかなければならない。最後に、農林水産業のグリーン化ということで、環境と調和した食料システム、農林水産業が環境に与えている負荷も視野に入れて取り組んでいくということである。
 こうした改定をやっていくのであるが、基本法を提出する以外に、関連法案をいくつか出していく。1つは、不測時の食料安全保障の強化のための枠組みである。政府対策本部で民間の自主的な取組を要請することから始まり、最後は指示や命令なども含めて、食料がきちんと生産されて一人ひとりに届けられるような対策を取れるような体制を作る法律である。農業生産の面においては、人と農地の確保が食料安全保障の重要な要素であり、農用地の総量を確保する。今、国全体で約400万ヘクタールの農地があるが、これが減少していくのをきちんとフォローしながら、人口も減っていくが、むやみに転用が進まないように国と県で協議して、必要な農地が確保される対策を進めていく。農業経営の発展という意味では、先程も話をしたが法人が非常に重要である。農地の受け皿となる人が減っていく中で、法人が農地を集めて効率的な営農を行い、次の世代に引き継いでいくということが行われていく必要がある。しかし、農業法人の経営基盤が脆弱であるため、農業者以外の食品事業者などの販売先の方々にも資本を入れてもらうような仕組みの見直しをする中で、農業法人の経営基盤を強化して安定的な供給を図れるようにしていきたいということである。もうひとつは、スマート農業の関係でこれまでもいろいろな技術が開発されてきたが、現場への普及・実装を進めていかなければいけないと思っている。その際には、農家それぞれが新しい技術を導入しようとしてもコスト的に合わないため、サービス事業体を育てようということになっている。例としてドローンであればドローンサービスを提供する事業体、そうした事業体を税制・融資などで育てることにより、農家はそのサービスを利用する形であれば、自分で買わなくても低コストでサービスを利用する、みんなでシェアリングすることで、効率的にスマート農業が拡がっていくという枠組みを作る新しい法律も出そうとしている。こうしたことを通じて、将来の日本の食料安全保障が確保できるような農業の政策の見直しを進めていくということである。
 今回、基本法の改正案と、紹介した3つの法案が出てくるがこれで終わりではなく、価格形成の問題、土地改良の問題など、工程表を作って順次制度改正をこれからも進めていこうと考えている。引き続き農林水産省としては改革の成果が上がっていくように具体的に取り組んでいきたいと思っている。大事なことは、農業の世界だけで物事を解決しようと思ってもなかなか難しいため、様々な業界の方々と連携・協力しながら解決していくという発想の上での今回の見直しである。皆さまの幅広いご理解とご協力をお願いしたい。

講演要旨② 
 今回紹介するのはワイヤレス給電と情報伝送になる。特に、水中の中で行っていることについてフォーカスして紹介する。
 簡単に研究室の紹介をすると、博士後期課程が1名、博士前期課程が9名と学部生が4名である。学生14人とシニア研究員1名、共同研究の企業の方2名、事務補佐1名の計18名の体制である。学生の頃からワイヤレスの通信というのを研究しており、今の研究内容もワイヤレスをベースにした通信の回路になる。それに加えて、情報だけではなく、電力も今後は供給していこうということで、電力と情報の同時伝送という研究を進めている。主に4つのグループに分けて活動しており、このワイヤレスの技術を使って安全・安心・親切な社会を提供できればと考えている。
 簡単に研究テーマを4つ紹介する。まず通信に関するものが6Gというものになり、5Gの次の次世代通信になる。実際6Gは2030年に運用開始したいといわれているが、5Gもまだ能力の半分も出していない状況であり、もう少し後ろにずれるかな、というところではあるが、世界ではかなり研究が盛んに行われていて、日本も遅れないようにということで我々も研究を進めている。さらに、情報だけではなく電力も送ろうということで、ワイヤレス電力情報伝送という研究をしている。こちらは後ほど説明するが、愛知県の知の拠点の第4期でスマートファクトリーという形で研究を進めている。あと今回紹介する水中ドローン、水中でのワイヤレス電力伝送と情報通信。さらに、水中といえば人間の体も実は水分で大半ができており、体内に埋め込んであるペースメーカーなどのインプラントデバイス、こうしたものにバッテリーが搭載されており、それを交換するために手術をしないといけない、そうなると患者さんの負担が増えてしまうため、体外からそれを給電しようという研究も行っている。
 ワイヤレス電力伝送を紹介すると、簡単に言えばケーブルを使わないで電力を送るものになる。光や音波で電力を送るという研究もされているが、今の主流は電磁波とか電波を使ったものになる。ベースになるのはIHクッキングヒーターを想像していただくとわかりやすいと思う。下から電磁波を出して金属の鍋に電磁波のエネルギーを消費させてわざと熱エネルギーに変換させているものである。熱エネルギーではなくて、別の電気の回路を動かす、というような設計をしたものがワイヤレス給電で、皆さんスマートフォンの置くだけ充電を使われていると思うが、そうしたところに応用されている。さらに、本学でも退官されて名誉教授となられている大平先生が主導している自動車へのワイヤレス給電。あるいは私が学生の頃からずっと研究されているのが、宇宙で太陽光発電をしてしまえば、化石燃料を使うことなく、かつ環境を破壊することなく電力を作れるということで、宇宙で電力を作ってマイクロ波の電波で地球に送るというものである。ヨーロッパ、中国、アメリカがかなり力を入れていて、日本は少し遅れ気味になっているため、私もこの委員会に入っているが、日本が盛り返していかないといけないということで、経済産業省主導で研究開発が進められている。身近なところから宇宙規模までという広い範囲で、ワイヤレス電力電送、無線給電というのは、非常に期待されている技術である。
 我々の方でも、いくつか企業と一緒に共同研究している。東三河の蒲郡の企業と一緒に共同研究しており、プレスリリースも行ってきた。工場でロボットが作業を行う時に手首のところに配線がつながって電力を供給する構造になっていて、ロボットのアームが360度回転したり折れ曲がったりするような動作を行うことにより、配線がすぐ断線してしまう。そのため配線を取り除いて長く使える機構が欲しいという相談があり、無線で電力・情報を送るシステムを開発し、現在、量産に向けて企業が検討を進めている。さらにそれを軽量化、低コスト化するという目的で、愛知県の知の拠点でも研究を行っている。もうひとつは、建築現場で作業員の方が作業をされているときに、熱中症、脱水症状などにならないよう体調の管理を行えるように、健康状態をモニタリングするセンサーをヘルメットにつけて使用されている。このセンサーは電池で動いているため、1日の作業が終わったらヘルメットを外して電池を交換、あるいは充電する必要がある。しかし、大変な作業をした後もあり、なかなかそこが進まない。そこで、片付けたら自動で充電できるようなシステムが欲しいということで、こちらは愛知県の企業ではないが、別の事業者と一緒に共同研究で開発し、一昨年のCEATECでデモ機を展示した。ロッカーにヘルメットを収納すれば、どのような向きでも扉を閉めることでバッテリーが充電されているという仕組みである。その時に発生する電磁波も外に漏れずロッカーの中に閉じ込めることができる仕組みになっている。この技術を応用して、工場の中の安全柵で装置を囲えば、その中に電力を送る電波を閉じ込めることができ、中に配置した工場を管理するセンサーなどにも電力を送れるようになる。電力を送る電波はこの安全柵の中に閉じ込めることができるが、センサーが情報を収集して外に通信する時にはこの柵をすり抜けて外に出ていく。そのため、大きな電力を入れても人体には影響がなく、柵の中に入らずに中の情報が得られるという研究を行っている。柵の中にロボットアームや生産ラインが入っていて、そこに配置したセンサーに無線で給電するというのが地の拠点の研究テーマであり、スマートファクトリーの実現に向けた研究を行っている。今のスマートファクトリーというのは、情報を吸い取ってその製造プロセスをいかに効率よく運転するか、あるいはいかに安全に運用するか、というところでクラウドを介してデータ処理を行っているが、そのデータ処理を行うためのセンシングを行うセンサーは、すべてバッテリーか配線で給電されていて、結果として人が入る必要があって実はスマートではない。よってそこもワイヤレス化しようというのが我々のテーマになっている。
 ここまで説明したように、スマートフォン、自動車、工場、ロボットといったところで陸上での無線給電が行われている。次のターゲットはどこかというと、地球の7割以上が海になるため、水中というものが出てくる。水中での用途はどういったことが想定されるかというと、国土強靭化計画があり、その頃に建てられた橋梁やダムなどが劣化してきているため、その診断・補強していかないといけないということで作業が行われている。ダイバーが潜ってその作業を行うと非常に大変なので、水中ドローンを使って劣化を診断していこうという形で、多くの企業が水中ドローンを使った調査方法を検討している。水中ドローンはバッテリーで動いているため、人がそれを回収して電池を交換、あるいは充電してまた沈めないといけないということになるため、そういった作業を取り除けるように水中ですべて完結してしまおうというのが研究のターゲットである。
 もう少しフォーカスしていくと、例えば愛知県でも養殖業が盛んに行われている。こうした養殖業の網の清掃や水質の状態についてダイバーが対応していたが、農林水産省主導で、ロボットを使って管理をしていこうという動きがある。ロボットもやはりバッテリー駆動になっていて、海に潜る作業は減るものの、海に出てドローンを回収し、電池交換あるいは情報を取り出すことになる。ここも自動化できてしまえば、負担は大きく改善できるということになる。太陽光発電・洋上風力発電など自然なエネルギーで発電するものをブイなどで海面に浮かせておいて、そこから海底に配置した給電ステーションにケーブルで電力を送る。そこにドローンが着底すると給電されて情報が取り出され、取り出された情報はケーブルで海上に出ていき、データでクラウドに飛んでいく、といった流れができればドローンで完結できるのではないかと考えている。農業と同様に漁業も高齢化が進んでおり、就業者が非常に減っている。しかし、日本人というのは魚好きで、お寿司や刺身をよく食べる。海外でも、お寿司や刺身が人気になるなど日本食がフォーカスされているので、漁業は重要である。高齢化を改善していくためにポイントとなるのは、人の手に頼る高負荷な作業の低減である。こうしたところでも水中ドローンを応用することができれば、作業が軽減されて漁業が活性化されていくのではないかと思っている。東三河でどういった水産業があるか調べてみると、あさり、海苔、うなぎといった養殖業がされているので、我々の技術が将来こうしたところに応用できればと考えている。
 水中ドローンに、海の中、あるいは川の中で電力を送るにはどうしたら良いかということで大事な点が2つある。ひとつはどうしても電波を使うので、その電波が漏れてしまう。電波を漏れないようにする機構が必要になる。その漏れた電波がどういった影響を与えるかというと、ドローンは非常に精密な機器が搭載されており、実は軽量化のためにアクリルのボディになっている。金属ではないため電波が中に入っていく。そうすると精密な機器に電波が当たって装置を破壊してしまうという影響がある。他にも、泳いでいる魚は、地磁気を利用して方向を感知したりしており、魚への影響も考えられる。よって漏えいする電波は地上と同じように抑えなければならない。
 あとドローンを設計する上で非常に浮力制御と姿勢制御が難しい。大きな潜水艦であれば、ある程度中の詰め物でハンドリングできるようになるが、水中ドローンのようなコンパクトなものになると制御問題が出てくるため、できるだけシンプルで軽量な機構で実現するという課題が挙げられる。どういった方法が世界的に研究されているかというと、先ほど冒頭で説明したような、IHクッキングヒーターの応用技術になる。銅の線を巻いてそこに電流を流すと磁場が発生し、この磁場を使って電力を送るという仕組みである。鍋だと、この磁場が当たって鍋に電流が流れて、この電流で熱損失が起きて発熱していくが、この電流でバッテリーを充電するように応用したものが磁界方式を使ったワイヤレス給電になる。これをドローンにも応用しようと世界中で研究がされている。特にアメリカ、中国、イタリアなどがかなり力を入れて研究している。この方法はIHクッキングヒーターの技術が応用できるため、比較的実現しやすい技術である。ただし、先ほど挙げた2つの課題が解決できない。磁界を使うので、周囲に磁界が漏れ出てしまう。よって、これを閉じ込めないといけない。閉じ込めるために何をすれば良いかというと、金属の壁、あるいはお茶碗などで使われるような磁器を使って囲う必要がある。金属で囲うと、その部分が重くなって重心がブレるため、浮力制御に影響が出てくる。磁器で囲うとぶつかると簡単に割れてしまい、機構が破壊されるという問題が発生する。また、コイルに電流を流すので、どうしてもそこで電流の損失が発生する。電流というのは水と一緒で、細いところに流すと、流せる水量が非常に少なくなる。つまり、損失が大きくなる。この損失を抑えるために径の大きい金属を使わなければならなくなる。径の大きい金属を使うと重量が増えてしまい、結果的に浮力制御・姿勢制御問題が出てくる。
 そこで我々は別の方式を提案している。それが電界方式、つまり、電圧を与えて発生する電界を使って電力が送れないかということに着目して研究を行っている。いわゆるコンデンサーと呼ばれるバッテリーのようなものの原理を使うものである。この電界を使って電力が送れるのかを、まずは淡水で考えてみる。いきなり海水となると、海水の中にはイオンがたくさんあり、淡水よりも環境が難しくなるため、まずは混ざりものがない淡水で研究を開始した。淡水は、ミネラルなどイオンがほとんど含まれていないので絶縁体とみなすことができる。そのために、空気中で使われている技術を応用できるということで、トライしている。原理を簡単に説明すると、高周波の電源、いわゆる交流の電源があり、そこに電極を2個取り付ける。そうすると、プラスとマイナスに極性が分かれる。それにつられて電力を受ける側は、プラスに対してはマイナスの電荷が発生し、マイナスに対してはプラスの電荷が発生して対になる。交流電源は、このプラスとマイナスが高速に入れ替わる。高速に入れ替わる速度が周波数を指すのであるが、これらが入れ替わると先ほどプラスだったところがマイナスになって、マイナスだったところがプラスになる。例えば、プラスからマイナスになると相手側のマイナスの電荷は弾かれて反対側に流れていく。マイナス側であったところがプラスになると、反対側にプラスの電荷が弾かれて反対側に動く。このような動き、このプラスとマイナスの動きが、電流の流れになる。この動きを利用して電力が送れるだろうということで、実際にこれで水の特性を調べ、どのような電気特性を持っているかを評価して、どのくらいの周波数で電力を送れば相手側に効率よく届くかというのを調べて実際にデモ機を作製した。下側に電力を送る電極があって、上側が電力を受け取る電極になっている。水底を模擬しているので、電極の上にいろいろなものが載っているが、下側の電極から送電された電力を上側の電極で受け取って、それを直流に変換してモーターを回し、水を吸い上げてマーライオンの口から放射するという装置である。電極が少しずれても、一番近い電極に向かって電界は発生するので、しっかり電力を送れている。磁界のように銅線を巻いて電流を流す機構を作らなくても、薄い銅板を貼り付けるだけで電力が送れるようになる。さらに、同じ電極を使って水中で情報を送る実験も行っている。これは水中で情報が送れる設計にしてあるため、受信する電極が水中から出ると情報が伝わらなくなる。水中に戻ると、また情報が伝えられる。このような形で、淡水の中では薄い電極2枚を使うだけで電力と情報が伝送可能である。
 これが海水になるとどうなるかというと、海水中にはイオンが存在する。イオンはどういったものかというと、いわゆる金属の電子と同じようなもので、金属にプラスとマイナスの電圧を与えると電子がプラス側に移動する、その電子の流れが電流になるのに対し、海水だとプラスとマイナスの電極を与えると、そこに向かってイオンが移動し、高周波電流が流れる。このイオンの移動を利用すれば電力を送れるのではないかと考えて淡水の時の構造を海水に適用してみる。淡水と同じように、送電側の電極のプラスとマイナスが高速で入れ替わると、それに応じてイオンが移動する。移動したイオンによって受電側の電極の符号も高速で入れ替わる。このようにして受電側に電流が流れる。つまり、これを使って電力が送れるが、問題点としてイオンが自由に動けるようになるため、向かいの受電電極にイオンが移動するのが理想であるが、現実は斜め向かいの電極にも移動するため、効率よく電力を相手側に送ることができなくなる。これを防ぐ方法が必要になるため、何か良い方法はないかと考えた。ドローンが水中のステーションで着底して電力を受け取る場合、着底するときに何かクッションになるものがないと船体を傷つけることになるため、クッションダンパーを取り付けるはずである。このクッションダンパーを上手く使えば、電極間を移動するイオンを閉じ込め、移動してほしい電極への道を作れるのではと考えた。クッションダンパーをステーションに設け、さらに隣り合う電極の間にもクッションダンパーを置く。こうすることで斜め向かいの電極へ移動するイオンを防いで正面に向かい合う電極にスムーズに移動できるような構造ができる。実際に水中ドローンを購入し、学生とともにこの中にワイヤレス給電用の回路を加えて実験を行ってきた。
 最新の実験では200ワットを送電し、水中ドローンの充電に成功している。総務省に確認したところ水中でも電波法が適用されるとのことで、漏洩電磁界の測定方法を相談しながら測定を行ったところ、基準を大きく下回り、電磁界はほとんど漏れていないことが確認できた。水中ドローンにカメラが搭載されていて、先程の電力を送った機構を使って情報が伝送できることも確認している。水中でも無線LANと遜色のない100Mbpsの速度で通信ができた。
 最近では水中での送電技術を応用し、人体の中に入っている埋め込み型のデバイス、インプラントのデバイスを体外から充電する研究も行っている。ベースメーカーやスマートステントという動脈瘤を防ぐために動脈の中にステントを入れて自動で広げるという装置、あるいは、脊髄刺激デバイスという半身不随になってしまった方や、足が動かなくなってしまった方の脊髄に電気刺激を与えて足を動かすようなるデバイスをターゲットとしている。ベースメーカーやスマートステントは内蔵されたバッテリーの電力で動いていて、脊髄刺激デバイスは背中から配線が出ていて脇に加えたバッテリーから電力を送っている。例えばベースメーカーとかでいうと、バッテリーを交換するために手術をしないといけない。バッテリーは10年とか15年持つといわれているが、命に関わることなので、半分くらいの期間で交換されている。つまり結構な頻度で手術をしなければならないため、患者さんの負担となっている。そこで、体外に充電用のテープを貼ってそこから電力を体の中に送ってあげればバッテリーが充電できるというような仕組みを研究している。実際に人体を使って実験をするのは難しいため、まずは人間の皮膚に近い細胞、組織を持っている豚の皮下脂肪を使って実験を行っている。実際に、死後4〜5時間以内に豚の皮膚を入手し、電気特性を測定し、送受電機構を設計して送電実験を行っている。
 我々は工学部なので、知的好奇心を満足させる学問を探求するだけでなく、そこで得られた知見を活かしていかに社会に貢献していくか、社会にフィードバックしていくかが使命だと考え、皆さんの役に立つ研究を進めていきたい。