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産学官民交流事業

2025.11.18 第493回東三河産学官交流サロン

 

1.日 時

2025年11月18日(火)18時00分~20時30分

2.場 所

ホテルアークリッシュ豊橋 5F ザ・グレイス

3.講師①

愛知大学 文学部人文社会学科 准教授 田靡 裕祐氏

  テーマ

『これからの「仕事の価値」を問い直す』

  講師②

(株)物語コーポレーション 代表取締役社長 加藤 央之氏

  テーマ

『未来を右肩上がりにする経営理念』

4.参加者

73名(オンライン参加7名含む)

講演要旨①
 私の専門は、労働社会学・社会階層論・社会意識論である。社会階層論においては、バブル経済崩壊以降の格差や不平等の拡大が盛んに研究されている。社会意識論については、本日のテーマにも関連するが、仕事の価値としてどういうことを望むのか、生きていくのにあたり人々は何を望むのか、どのようなことを指針として生きているのか、これらを客観的な条件のみではなく、主観的な要因も含めて研究するのが私の専門である。現在は、20代から30代の若者が、日本的雇用慣行の中でキャリアをスタートした段階において、どのような仕事の質で働いているのか、どのような賃金か、どのような裁量と責任があるのか、またこれに付随して、どのような労働観を持って仕事に就いているのか、客観的なキャリアの条件と労働観が相互にどのように関連しながらキャリアを展開しているのかについて興味を持っている。
 私たちは、仕事に何を望むのか。アメリカの政治学者のロナルド・イングルハート氏が、人生を生きていく上での価値基準を国際比較した研究を行っている。第二次世界大戦後の経済成長や福祉国家の発展が、特に先進国において物質主義的な価値から脱物質主義的な価値への移行をもたらした。日本においても戦後物質的豊かさの水準が向上し、心の豊かさの追求へといった価値の転換が起こっている。産業も製造業が中心となっていた近代産業がサービス業へシフトして、最近ではITやデジタル技術の発達により変わってきている。かつては生存志向、要は生きるか死ぬかということが大切であったが、自己表出志向が拡大し、自分はどのように世の中を生きていくか、どのようにアイデンティティを確立して自己表現・自己表出していくのかといった価値の転換が、日本をはじめとする先進国で生じたと彼は述べている。
 仕事に望むものとして、失業の心配がない仕事や高い収入が得られる仕事は、どちらかというと物質的な価値、物質的な豊かさへの志向ということになると思う。責任者として采配が振るえる仕事、専門知識や特技が活かせる仕事や世の中のためになる仕事は、脱物質主義的であり、心の豊かさや自己実現につながる志向である。日本社会においても大きな流れでいくと、かつての物質主義的な仕事の価値から、仕事そのもののやりがいや、仕事を通した自己実現に人々の価値基準が移行していったと言える。
 私は10年前に男女別に世代と仕事の価値がどのような対応関係にあるかを分析し、論文にまとめた。その結果として年古い世代では、健康・安定といった物質主義的価値観が上位を占めていた。新しい世代においては、専門や収入といった項目が上位となっていた。専門は脱物質主義的な仕事を通した自己実現であり、おおよそ世代と物質的・脱物質的価値観が対応しているように見える。しかし、男女ともに収入がより新しい世代の価値の基準として対応関係があることが分かった。ロナルド・イングルハート氏が唱えたように、物質主義的な価値から脱物質主義的な価値への移行は大きな流れにあてはまると思うが、一番新しい世代では物質主義的な価値観への揺り戻しが生じているのではないかということをこの論文で私は主張した。授業において、愛知大学文学部の学生について調査してみると、愛知大学の学生は非常に真面目かつ素直であり、物質主義的な価値観の回答が多い傾向であった。特に独立や責任を回避する傾向が今の若い人にはあるのではないかと感じている。
 国際比較調査グループ(International Social Survey Programme)は、1984年に発足し約40の国と地域の研究機関が毎年共通の質問で世論調査を実施している。このデータにおいて、アメリカ・イギリス・オランダ・日本・オーストラリア・スウェーデン・ドイツ・台湾のデータを比較してみる。仕事に対する志向としては、どの国においても非金銭的思考が高いという結果であったが、日本の非金銭的思考の値は、1997年は8か国中で1位であったのに対し、2015年は最下位になってしまっている。仕事への満足度も1997年から最下位であったが、2015年は数値が更に下がり他国に大きく引き離されている。組織コミットメントについても1997年から2005年にかけては上昇したものの、2015年には急降下してしまった。かつては、日本の企業の社員が仕事への満足度が低いのに組織へのコミットメントが高いと欧米の研究者から不思議がられていたが、他の国と変わらないレベルまでコミットメントも下がっている。簡単に若者の仕事離れという言葉を使いたくはないが、仕事を通した自己実現よりも、より物質的なものに価値基準を置く、仕事満足度も低くコミットメントも低下傾向であるという少し暗い状況が見えてくる。
 それでは客観的に職業条件、労働条件はどうなっているのか。雇用の質について考察する。総務省の労働力調査の結果から雇用形態別の雇用者数の推移を1985年から2024年まで見てみると、正規雇用の数はほとんど変化していない。しかし、全体としての雇用者数は増えており、非正規雇用の雇用者数が大きく伸びている。全体の比率としても1985年は20%に届いていなかったが、2024年には35%程度まで増加している。90年代以降のいわゆる日本的雇用慣行の見直しの帰結として、柔軟な働き方、柔軟な雇用という名目で非正規雇用を増やしていったことが数字に現れている。特に女性に関しては、2024年の非正規雇用の比率が50%を超えており、2人に1人が非正規雇用といった状況となっている。
 次に厚生労働省の毎月勤労統計調査の結果から、事業所規模5人以上の労働者の年間の労働時間の1994年から2022年までの推移を考察する。全体として1994年に2,000時間に近かった総実労働時間は、2022年は1,600時間程度まで確実に減少しているが、所定外労働時間が90年代半ばからほとんど変化していない。労働生産性を高めることを考えると減少していないとおかしいと思うが、そうなってはいない。では、どうして総実労働時間が減少しているのかというと、パート労働者が増えたからである。労働時間が二極化しており、一般労働者の総実労働時間は2,000時間前後で下げ止まっており、パート労働者の増加により見かけ上は総実労働時間が減少しているのである。ここから正社員的な働き方で残業も減ってワークライフバランスを実現することが出来ていないのではないかといった現実が見えてくる。もうひとつ雇用の質として賃金があるが、皆さんご存じの通り諸外国と比較して日本は実質賃金が伸びていない。こうしたことが、若者が仕事を通した自己実現を望まなくなっている要因ではないかと思う。
 次に若い世代が仕事に何を望めるのかについてあらためて考える。近代の前のものづくりは、職人が1つの製品に対して自分の裁量でものを作っていた。これが近代になると、分業体制となり、一人ひとりの従業員の仕事は、細かくタスク化・専門化されて、マニュアルに沿って行うような近代的な労働が誕生した。これが労働者の主観からすると、自分が何をやっているか分からない労働疎外と言う状況が、近代化の初期の製造業が盛んになり始めた頃に発生した。これを労働側も経営側も理解して、労働の人間化という動きが起きた。疎外された労働を働き手の手に取り戻すといった運動が起きたのである。テクノロジーの進歩、雇用環境や労働市場の変化により、どのように体や頭を動かして仕事をするのかという労働のあり方と、それに対して労働者自身が何を望むのか、どう意味づけるのかといったことが時代ごとに大きく変化してきた。最近どのような変化があるかというと、長時間労働が解消しない、賃金が増えないというように雇用の質が向上していない。また、正社員と非正規雇用、性別などにおける賃金や処遇の格差といった二極化が進んでしまっている。こうした中、仕事に何も望まない、あるいはもう半ば絶望して仕事に何も望まなくなっている若者が増えているのではないかという危機感を、私はこうした研究を通して感じている。
 最後に仕事はあくまでも手段であると割り切る方法も当然ある。個人にとって生きていくこと、プライベートが大事でありそのための仕事と価値の転換をする道も当然存在する。しかし、個人レベルではそれで良いかもしれないが、社会全体で見たときに何もイノベーションが起こらないし、何も面白いことは起こらないと思う。より若い人たちに仕事を通した自己実現が望めるような雇用の質の下支えが今まさに求められているのではないかと考えている。

講演要旨② 
 当社は1949年12月、小林佳雄氏の母親である小林きみゑ氏が豊橋市広小路におでん割烹「酒房源氏」を創業したのが始まりです。1969年9月に株式会社げんじを設立したのち、1989年2月豊橋市向山町に「しゃぶ&海鮮 源氏総本店」(現・「しゃぶとかに 源氏総本店」)1号店を開店しました。これは500坪の土地を借りて建設した店舗であり、社運をかけた一番の大勝負でした。そこから焼肉の店舗などをチェーン展開し、現在国内では14ブランド計767店舗を展開しています。「焼肉きんぐ」「丸源ラーメン」が主力で、「寿司・しゃぶしゃぶ ゆず庵」も最近100店舗を超えました。また、海外事業にも力を入れ、現在7か国に73店舗を展開しています。海外では日本にはないハンバーグの店も展開していて、単価を抑えた機動力のある業態を中心に店舗を増やしているところです。当社は2030年にグループ店舗売上高3,000億円、連結売上高2,000億円を目標に掲げていますが、単純に規模を拡大させるだけではなく、社会に良い影響を与える存在となるため成長させていきたいと考えています。
 当社の中期経営ビジョン「物語ビジョン2030」では、業態開発型リーディングカンパニー実現に向けた全方位成長戦略を掲げています。この全方位とは、「国内」「海外」「既存ブランド」「新業態」の4つの領域すべてに取り組むことを示していて、それぞれの業種の中で一番に選ばれるブランドを築いていく方針です。既存ブランドは小さな差別化の積み重ねと顧客体験価値の向上にこだわり、シェアを拡大していきます。新業態は、単価の低い商売で多店舗展開を狙い、新たな収益の柱を育成します。また海外事業については、伸びているマーケットに身を置きながら、新たな国・地域へ進出していく計画です。
 全方位成長戦略の実行のためにカギとなるのは「人財」です。その基盤にあるのは経営理念の「Smile & Sexy」です。Sexyは自分らしく正々堂々と自分を表現する美しさを表し、Smileはマナーや笑顔に象徴される人間力を表します。これらは矛盾する側面もありますが、理想を追い求めていく過程には、矛盾が発生するものです。例えば、レストランでお客様の満足度を高めたいと考えた場合、料理を早く出せるように努力しますが、一方で盛り付けをきれいに行うことも忘れてはいけません。このように、バランスを高めながら「なりたい自分」を目指すことで、付加価値が生み出せると考えています。誰かから指示されたことをそのままやっていても新たな価値は生まれません。自分はこうしたいという想いがあるからこそ付加価値につながり、一人ひとりが付加価値を生み出すことで、会社全体が成長するのです。
 人生は一度きりです。「自分の人生はオリジナリティがある」「自分らしく生きられている」という実感は必ず自分を幸せにし、人生を楽しくすると思うのです。1日24時間の中の8時間は仕事の時間で、これは人生から切り離せないものです。だからこそ、この8時間を充実させられる人とそうではない人では全く幸福度が違うと思いませんか。仕事をしている時間でも、「自分らしくいる」とか「自分の思ったことを言う」ということをやれる人は、人生の幸福度も上がるし、かつ仕事でも成果が出るはずです。当社はそうした人財をいかに生み出すか、に注力しているのです。
 どうして意見を言うことが大切なのかをご説明します。自分の思ったことを口に出せば、相手がそれに反応し、リアクションが返ってきますが、これが非常に重要です。自分の意見を言うことで、相手の視点が入った意見をもらえ、意思決定の精度が高まります。また、自分より視座の高い人が相手であれば、さらにそこに危険予測能力も加わります。人は誰しも、自分の経験からくる感覚を基に論理を構成しますから、自分からアウトプットしなければ相手には伝わりません。意見を言うことで対人感受性やマーケティング感覚も鍛えられ、人は成長するのです。
 意見を言えない理由を考えた場合、一番大きな理由は自信がないことだと思います。これを解消するためにはどうすれば良いでしょうか。ポイントは4つあります。まずは行動サイクルを変えることが大切です。多くの人は、自分で意思決定をしてから明言しますが、これを逆にするのです。意思決定をする前に、とにかく口に出す。最初はまとまっていなくても、話しているうちに整理されて意見がまとまりますし、言ったからには行動するしかありません。明言するから意思決定できる、行動できる、やる気がでる、整理できる、自分の意思ができるのです。2つ目は、勉強することです。人は自分がプロフェッショナルの領域では具体的に分析ができますが、自分のプロフェッショナル性が低い、知識がない、考えてない領域であれば表層的な視点にとどまってしまいます。細かく分析ができていれば、当然意見が多くでてきますから、そのためのインプットやプロフェッショナル性を磨く勉強が必要不可欠なのです。続いて3つ目は、ゼロリスク志向から脱却することです。このゼロリスク志向が日本の成長、企業の成長、人の成長も阻害している要因だと私は思っています。たった1人のクレームの可能性を過剰に恐れ、先回りして対策することは何も生み出さず無駄な投資です。会社は、利益を出しそれを投資することで成長を続けていきます。無駄な投資は利益率を低下させ、間違いなく成長を阻害するのです。人も同じで、他人に何か言われるリスクを恐れて何も言わないゼロリスク志向では、結局何も起こらず価値も生まず成長もしません。4つ目はアサーティブ・コミュニケーションを意識することです。自分の意見を言うことは大切ですが、一方的で攻撃的なコミュニケーションになってはいけません。相手の意見も尊重しながら、自分の意見や要望を伝えるスキルが必要です。
 当社では、「個の覚醒」に向けて心理的安全性の向上に取り組み、「Diversity & Inclusion」を推進しています。Diversity=多様性の受容とは、いろいろな属性の人がいて、考え方はそれぞれ違って当たり前なのだから、どんな意見でも安心して言って良いんだよということです。このベースがあるからこそ、個人の表現が加速し、思ったことを言うのが当たり前の文化が根付いていきます。当社は毎年新卒社員を200名程度採用しますが、彼ら全員を新入社員ではなく「幹部候補生」と呼んでいるのも文化づくりのひとつです。また、入社の際に手渡す激励書には、一人ひとり異なるメッセージを記載しています。労力はかかりますが、個を尊重し自己表現を大事にする会社として「以下同文」と書くわけにはいきません。いくら会社が大きくなっても、継続していきたいと考えています。また、社員が自分の誕生日に全社メールを送る「パラダイムシフトバースデーメール」という文化もあります。誕生日をきっかけに、自分のこれまでとこれからを考え、それを発信することで新たな成長を促します。悩みやチャレンジしたいことなども自由に書くことで他の人と話す契機にもなり、心理的安全性にもつながることで家族のような関係が育まれていくと考えています。
 また、「個の覚醒」に向けて、採用時にしっかりとコミュニケーションを取り、理念に共感する理念型人財を採用しているほか、働きがいと働きやすさの向上を目的とした制度や仕組みを導入しています。社員の表彰制度や「健康経営優良法人」の認定、賃金ベースアップ、選べる働き方などがその一部です。
 そもそも「個の覚醒」とは何なのか?というと、ポテンシャルを最大化し、ブレイクスルーすることを指します。人はポテンシャルを持っていますが、自ら制限をかけ、100のうち60~70ぐらいしか発揮していない人が多いと感じています。それは非常にもったいないことです。会社が「思ったことを言って良い、やりたいことをやって良い」という文化を醸成し、100%の能力を発揮させる環境を整えたうえで一人ひとりが思ったことを言い、120%、130%と成長していくことを目指しています。
 この「個の覚醒」が会社の成長に与える価値は、議論文化が生まれることです。議論を闊達に行うことで、意思決定の精度が上がり、イノベーションを生み出す確率が上がり、説明責任から強いリーダーが多く育ちます。それが、会社の健全な成長を促進するのです。当社の長期経営ビジョンは「『個』の尊厳を『組織』の尊厳より上位に置き、『とびっきりの笑顔と心からの元気』で世の中をイキイキさせる」です。「Smile & Sexy」を体現して自分らしく生き、自分の人生の充実感やなりたい自分に近づいている実感を持てると、ただの笑顔と元気が「とびっきりの笑顔と心からの元気」に変わるのです。こんな会社が成長して店舗や影響力を増やしていけば、世の中もおのずとイキイキします。世界中にこの輪を広げていくためには、起点は「会社のため」ではなく、まず「自分の幸せのため」であることを一人ひとりが意識することが重要です。自分のための理念行動によって、会社の力となり、ともに成長していく。これからも、そんな会社であり続けたいと思っています。